ブログ「いてくれてありがとう」

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「道案内人」

【道案内人】

日曜日の礼拝にゲストとして森下辰衛先生をお迎えしました。
一度、お茶の水クリスチャンセンターで開催されたフライデーナイトという集会でお話をお聞きし、すっかり魅了されてしまったので、ぜひ礼拝にも来てほしいと思ったのです。
先生は岡山県生まれ、そして九州の福岡にある大学で助教授として働いておられましたが、
サバティカルのときに一年間、三浦綾子さんの文学に着いての研究のために旭川に行き、そのままそこでの生活を継続することになり、三浦綾子記念文学館の特別研究員として研究を続けています。
その生き方は、三浦綾子さんの研究という枠を超えて、三浦綾子さんの読書会を全国に展開し、それによって多くの人に生き方についてチャレンジを与えています。

研究者としての「詳細に渡る文章内容の把握と理解」と「その文章に表現されている愛の力への思い入れ」があるので、何が話されても安心して聞くことができます。まさに、最高の三浦綾子文学の道案内人です。
ちょうど東京に用事があって出てくる機会があったので、それに合わせて礼拝に来ておはなしいただきました。

礼拝でのお話の内容は、先生の「これまでの歩みと神様の不思議な助け」が中心でしたが、心の温まるお話でした。
こういう道案内人がいてくれると、人生が豊かになるような気がします。
いてくれてありがとう。
今朝のお話は、こちらからどうぞ。(開始後25分くらいのところからです)
https://youtu.be/YIdGt9_eGP8

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おはようございます。
今日のMACF礼拝ではゲストに森下辰衛先生を迎えて
お話を伺います。先生は三浦綾子さんの研究者です。
そして、その文学における信仰、三浦綾子さんの信仰
などを土台に聖書の真理をお語りくださいます。
お楽しみに。
お茶の水クリスチャンセンター8階で10時から。
録画予定ですので、明日にはYoutubeでも視聴できます。

ということで、今朝のMACF説教要旨はお休みです。
今日もどうぞお元気にお過ごしください。
祝福がありますように。

関根一夫

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【日ごとの糧】2018.06.16

◎明日のMACF礼拝には、三浦綾子文学研究者の森下辰衛先生が、三浦綾子さんの「文学と信仰、そしてご自分への影響」についてお話をしてくださいます。ぜひ、お楽しみに。午前10時からOCC 8Fです。
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【日ごとの糧】〜ローズンゲンより〜
2018.06.16

見よ、わたしの受けた苦痛は平和のためにほかならない。
あなたはわたしの魂に思いを寄せ 滅びの穴に陥らないようにしてくださった。あなたはわたしの罪をすべてあなたの後ろに投げ捨ててくださった。
(イザヤ38章17節)

わたしたちの主イエス・キリスト御自身、ならびに、わたしたちを愛して、永遠の慰めと確かな希望とを恵みによって与えてくださる、わたしたちの父である神が、どうか、あなたがたの心を励まし、また強め、いつも善い働きをし、善い言葉を語る者としてくださるように。
(テサロニケ第二の手紙2章16節〜17節)
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神が私たちを守ってくださるということは頭ではわかっているつもちですが、
「慰め、励まし、罪の赦し、良い働きへの意欲、人を活かす言葉を語れる知恵」などの提供が約束されています。
それらを日々の生活の中でひとつひとつ丁寧に受け取って、心を落ち着かせ、
有益な生き方を継続していけたら良いですね。
神の大きな守りが今朝も提供されていることを心にしっかり思いいだき、感謝して今日を始めましょう。

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【今日の聖句】2018.06.16

◎明日のMACF礼拝には、三浦綾子文学研究者の森本辰衛先生が、三浦綾子さんの「文学と信仰、そしてご自分への影響」についてお話をしてくださいます。ぜひ、お楽しみに。午前10時からOCC 8Fです。
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【今日の聖句】
2018.06.16
【ルカによる福音書】
21:1 イエスは目を上げて、金持ちたちが賽銭箱に献金を入れるのを見ておられた。
21:2 そして、ある貧しいやもめがレプトン銅貨二枚を入れるのを見て、
21:3 言われた。「確かに言っておくが、この貧しいやもめは、だれよりもたくさん入れた。
21:4 あの金持ちたちは皆、有り余る中から献金したが、この人は、乏しい中から持っている生活費を全部入れたからである。」
+++++
一般的にいえば、社会的に有益と理解されるのは、貧しいやもめのレプトン銀貨2枚ではなく、金持ちたちの高額献金だろうと思います。
しかし、イエス様は、このやもめこそ、誰よりも多く献金したことになると教え、高く評価されました。それは乏しい中から生活費全部を入れたからだと説明されています。そこにこの女性の本気度をイエス様は理解したのです。
献金をどうするか、それは自分と神様との関係の中でしっかり吟味し、生かされ、守られている喜びとともに、強いられてではなく、きっぱりと、報いを求めず、捧げられることが求められています。しかし、人と比較しないで、自分の出来事としてうなづいて捧げられると良いですね。


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【コヘレトの言葉】
9:5 生きているものは、少なくとも知っている自分はやがて死ぬ、ということを。しかし、死者はもう何ひとつ知らない。彼らはもう報いを受けることもなく彼らの名は忘れられる。
9:6 その愛も憎しみも、情熱も、既に消えうせ太陽の下に起こることのどれひとつにももう何のかかわりもない。
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旧約聖書にはあまり「天国」という思想はありません。とても現実的です。しかし、はっきりしているのは、「生きているものは、かならず死ぬ」ということを誰もが自覚しているということです。生きている間の出来事こそが今の私たちに感じたり、覚えたり、考えたりできる全てなのです。
今を丁寧に大切に生きることの重要さがここにあります。生きている間のすべてが、あるいは生きている間の一日、一日が私たちの人生を豊かにしたり、悲劇に陥らせたりするからです。

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