ブログ「いてくれてありがとう」

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私の慰めは

夕べ発表された「歌声ペトラ」116曲目の歌詞です。

「私の慰めは」

生きているときにも、死ぬときにも、この身もたましいも
イエス様の愛の中に置かれています。

主よ、私の救い主、あなたに私のすべてをおささげします。
主よ、私の救い主 私の慰めはあなたの中に、あなたの中に。

別れゆくときにも 泣くときにも、明日もあさっても
イエス様の御手の中で導かれます
主よ、私の救い主、あなたの豊かな愛こそ 私の希望
主よ、私の救い主 私の慰めはあなたの中に、あなたの中に。

(歌詞 関根一夫)
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この歌詞はハイデルベルグ信仰問答集の第一番目の質問と答えを土台に考えて作ってみました。
それはこういう形になっています。

質問1: 生きるにも死ぬにも、あなたのただ1つの慰めは何ですか。

答え:
わたしがわたし自身のものではなく、体も魂も、生きるにも死ぬにも、
わたしの真実な救い主 イエス・キリストのものであることです。
この方は御自身の尊い血をもって わたしのすべての罪を完全に償い、
悪魔のあらゆる力からわたしを解放してくださいました。
また、天にいますわたしの父の御旨でなければ、
髪の毛1本も落ちることができないほどに、わたしを守っていてくださいます。
実に、万事がわたしの救いのために働くのです。
そしてまた、御自身の聖霊によりわたしに永遠の命を保証し、
今から後この方のために生きることを心から喜び、
またそれにふさわしくなるように、整えてもくださるのです。
++++++

自分という存在が自分の所有ではなく、救い主イエスキリストの所有として、ケアされるのだという
ことがわかると、私たちの心が大いに慰められるのです。
いろいろな人たちからの励ましや慰めの言葉は貴重な宝物ですが、わたしたちは、今日、慰めの言葉
を語っても明日には批判の言葉を語ることがあるほど、その心は定まっていません。
わたしたちは常に人のためのヒーローにはなれないのです。敵対までいかなくても、重荷になったり
うっとうしく感じたりすることがあるからです。常に慰めを提供する存在にはなれないのです。

わたしたちは、各自がイエス様のものとして自分を見つめることができたとき、互いに相手に対する
兄弟として自分を表明できるのかもしれません。イエス様の中にこそ、慰めも希望もあるのです。
イエス様に属している存在、神の家族に属している存在という見方はとても大切なものなのです。
それが確認できるとき、慰めも希望も自分の中からではなくイエス様から届くことがはっきり
わかるからです。

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