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【今日の聖句】
2018.12.27 【使徒言行録】 22:1 「兄弟であり父である皆さん、これから申し上げる弁明を聞いてください。」 22:2 パウロがヘブライ語で話すのを聞いて、人々はますます静かになった。パウロは言った。 22:3 「わたしは、キリキア州のタルソスで生まれたユダヤ人です。 そして、この都で育ち、ガマリエルのもとで先祖の律法について厳しい教育を受け、 今日の皆さんと同じように、熱心に神に仕えていました。 22:4 わたしはこの道を迫害し、男女を問わず縛り上げて獄に投じ、殺すことさえしたのです。 22:5 このことについては、大祭司も長老会全体も、わたしのために証言してくれます。 実は、この人たちからダマスコにいる同志にあてた手紙までもらい、その地にいる者たちを縛り上げ、 エルサレムへ連行して処罰するために出かけて行ったのです。」 22:6 「旅を続けてダマスコに近づいたときのこと、真昼ごろ、突然、天から強い光がわたしの周りを照らしました。 22:7 わたしは地面に倒れ、『サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか』と言う声を聞いたのです。 22:8 『主よ、あなたはどなたですか』と尋ねると、 『わたしは、あなたが迫害しているナザレのイエスである』と答えがありました。 22:9 一緒にいた人々は、その光は見たのですが、わたしに話しかけた方の声は聞きませんでした。 22:10 『主よ、どうしたらよいでしょうか』と申しますと、主は、『立ち上がってダマスコへ行け。 しなければならないことは、すべてそこで知らされる』と言われました。 22:11 わたしは、その光の輝きのために目が見えなくなっていましたので、一緒にいた人たちに手を引かれて、 ダマスコに入りました。 22:12 ダマスコにはアナニアという人がいました。律法に従って生活する信仰深い人で、 そこに住んでいるすべてのユダヤ人の中で評判の良い人でした。 22:13 この人がわたしのところに来て、そばに立ってこう言いました。 『兄弟サウル、元どおり見えるようになりなさい。』するとそのとき、わたしはその人が見えるようになったのです。 22:14 アナニアは言いました。『わたしたちの先祖の神が、あなたをお選びになった。 それは、御心を悟らせ、あの正しい方に会わせて、その口からの声を聞かせるためです。 22:15 あなたは、見聞きしたことについて、すべての人に対してその方の証人となる者だからです。 22:16 今、何をためらっているのです。立ち上がりなさい。その方の名を唱え、洗礼を受けて罪を洗い清めなさい。』」 22:17 「さて、わたしはエルサレムに帰って来て、神殿で祈っていたとき、我を忘れた状態になり、 22:18 主にお会いしたのです。主は言われました。『急げ。すぐエルサレムから出て行け。 わたしについてあなたが証しすることを、人々が受け入れないからである。』 22:19 わたしは申しました。『主よ、わたしが会堂から会堂へと回って、あなたを信じる者を投獄したり、 鞭で打ちたたいたりしていたことを、この人々は知っています。 22:20 また、あなたの証人ステファノの血が流されたとき、わたしもその場にいてそれに賛成し、 彼を殺す者たちの上着の番もしたのです。』 22:21 すると、主は言われました。『行け。わたしがあなたを遠く異邦人のために遣わすのだ。』」 22:22 パウロの話をここまで聞いた人々は、声を張り上げて言った。 「こんな男は、地上から除いてしまえ。生かしてはおけない。」 22:23 彼らがわめき立てて上着を投げつけ、砂埃を空中にまき散らすほどだったので、 22:24 千人隊長はパウロを兵営に入れるように命じ、人々がどうしてこれほどパウロに対してわめき立てるのかを知るため、 鞭で打ちたたいて調べるようにと言った。 +++++ パウロの弁明が記録されています。これはまさにパウロという人の信仰についての自叙伝のようです。 キリスト教徒に対して何を感じていたのか、そしてキリストとの出会いでどうなったのか、 その後キリストが何を促したのか、そこには「キリストに心動かされて行動する人物」の姿が 浮き彫りにされています。 パウロはキリストの促しにためらいを感じながらも、キリストご自身に押し出されながら 前に進んで行きました。 パウロの生涯には、いわゆる「社会的自己栄達」とか自分の「手柄自慢」いう発想はありませんでした。 常にキリストの促しによりキリストに押し出されて、生きる「しもべ」としての姿勢がありました。 しかし、この弁明はユダヤ人から反感を買うものでした。 その中にステファノの殺害のことと、異邦人への寛容さが含まれていたからです。 ユダヤ人にとってステファノ殺害の件は触れられたくないこと、異邦人伝道など神への冒涜だと感じていたと 思います。そもそもイエスを救い主と認める事自体、ユダヤ人たちには許しがたいことだったのです。 ++++++ 【詩編】 71:1 主よ、御もとに身を寄せます。とこしえに恥に落とすことなく 71:2 恵みの御業によって助け、逃れさせてください。あなたの耳をわたしに傾け、お救いください。 71:3 常に身を避けるための住まい、岩となりわたしを救おうと定めてください。あなたはわたしの大岩、わたしの砦。 71:4 わたしの神よ、あなたに逆らう者の手から悪事を働く者、不法を働く者の手からわたしを逃れさせてください。 71:5 主よ、あなたはわたしの希望。主よ、わたしは若いときからあなたに依り頼み 71:6 母の胎にあるときからあなたに依りすがって来ました。あなたは母の腹からわたしを取り上げてくださいました。わたしは常にあなたを賛美します。 71:7 多くの人はわたしに驚きます。あなたはわたしの避けどころ、わたしの砦。 71:8 わたしの口は賛美に満ち絶えることなくあなたの輝きをたたえます。 71:9 老いの日にも見放さずわたしに力が尽きても捨て去らないでください。 ++++++ 神を信頼し、神に誠実な心のまま祈りを捧げています。 生まれたときから守ってくださった神に対して、老いの日まで見捨てず、 見放さずにお守りくださいと祈れることは幸いなことです。 「今日まで守られ」という賛美歌がありますが、この詩を読みながら、メロディーが心に聞こえてきました。 「今日まで守られ」聖歌292 今日まで守られ 来たりし我が身 露(つゆ)だに憂(うれ)えじ 行く末などは 如何(いか)なる折りにも 愛なる神は 全ての事をば 良きにし給わん か弱き者をも 顧(かえり)み給う 我が主の恵みは この身に足れり 賑(にぎ)おう里にも 寂(さび)しき野にも 主の手に縋(すが)りて 喜び進まん 主の日ぞいよいよ 間近に迫る 浮き世の旅路も 暫(しば)しの間のみ 間もなく栄えの 御国に行きて 常盤(ときわ)に絶えせず 我が主と住まわん アーメン。 |
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