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【今日の聖句】
2018.12.28 【使徒言行録】 22:22 パウロの話をここまで聞いた人々は、声を張り上げて言った。 「こんな男は、地上から除いてしまえ。生かしてはおけない。」 22:23 彼らがわめき立てて上着を投げつけ、砂埃を空中にまき散らすほどだったので、 22:24 千人隊長はパウロを兵営に入れるように命じ、人々がどうしてこれほどパウロに対してわめき立てるのかを知るため、鞭で打ちたたいて調べるようにと言った。 22:25 パウロを鞭で打つため、その両手を広げて縛ると、パウロはそばに立っていた百人隊長に言った。 「ローマ帝国の市民権を持つ者を、裁判にかけずに鞭で打ってもよいのですか。」 22:26 これを聞いた百人隊長は、千人隊長のところへ行って報告した。 「どうなさいますか。あの男はローマ帝国の市民です。」 22:27 千人隊長はパウロのところへ来て言った。 「あなたはローマ帝国の市民なのか。わたしに言いなさい。」パウロは、「そうです」と言った。 22:28 千人隊長が、「わたしは、多額の金を出してこの市民権を得たのだ」と言うと、 パウロは、「わたしは生まれながらローマ帝国の市民です」と言った。 22:29 そこで、パウロを取り調べようとしていた者たちは、直ちに手を引き、千人隊長もパウロがローマ帝国の市民であること、そして、彼を縛ってしまったことを知って恐ろしくなった。 22:30 翌日、千人隊長は、なぜパウロがユダヤ人から訴えられているのか、確かなことを知りたいと思い、彼の鎖を外した。そして、祭司長たちと最高法院全体の召集を命じ、パウロを連れ出して彼らの前に立たせた。 *** 群衆の騒乱状態の中で千人隊長はパウロを保護し、さらに真相を突き止めようと兵営に入れ鞭打ちをした上で尋問するよう百人隊長に命じます。 その準備をしている最中に、パウロは百人隊長に自分がローマの市民権を持っている人間であることを伝えました。 ローマの兵士たちはいわば属国のようになっているユダヤ人に対しては高飛車な対応ができましたが、ローマの市民権を持っている人間に対してはローマの法律に基づいて裁判しなければなりませんでしたから、彼らは驚き、手を止め。怯えました。 理由もわからないまま捕縛し、ムチ打ちまでしようとしてしまった状況をどのように弁明したら良いのかわからなかったからです。 そこでローマの法律に基づいて裁判をし直すことになり、鎖を外されたパウロは再度きちんとした弁明の機会を与えられることになります。しかも今度はユダヤの社会における上層部の指導者たちの前での弁明です。 さて、どうなりますか。 ++++++ 【詩編】 71:10 敵がわたしのことを話し合い わたしの命をうかがう者が共に謀り 71:11 言っています「神が彼を捨て去ったら、追い詰めて捕えよう。彼を助ける者はもういない」と。 71:12 神よ、わたしを遠く離れないでください。わたしの神よ、今すぐわたしをお助けください。 71:13 わたしの魂に敵対する者が恥に落とされ、滅ぼされますように。 わたしが災いに遭うことを求める者が嘲りと辱めに包まれますように。 71:14 わたしは常に待ち望み繰り返し、あなたを賛美します。 71:15 わたしの口は恵みの御業を御救いを絶えることなく語りなお、決して語り尽くすことはできません。 71:16 しかし主よ、わたしの主よ わたしは力を奮い起こして進みいで ひたすら恵みの御業を唱えましょう。 71:17 神よ、わたしの若いときからあなた御自身が常に教えてくださるので 今に至るまでわたしは驚くべき御業を語り伝えて来ました。 71:18 わたしが老いて白髪になっても神よ、どうか捨て去らないでください。 御腕の業を、力強い御業を来るべき世代に語り伝えさせてください。 71:19 神よ、恵みの御業は高い天に広がっています。あなたはすぐれた御業を行われました。 神よ、誰があなたに並びえましょう。 71:20 あなたは多くの災いと苦しみをわたしに思い知らせられましたが再び命を得させてくださるでしょう。 地の深い淵から再び引き上げてくださるでしょう。 71:21 ひるがえって、わたしを力づけすぐれて大いなるものとしてくださるでしょう。 71:22 わたしもまた、わたしの神よ琴に合わせてあなたのまことに感謝をささげます。 イスラエルの聖なる方よわたしは竪琴に合わせてほめ歌をうたいます。 71:23 わたしの唇は喜びの声をあげあなたが贖ってくださった この魂はあなたにほめ歌をうたいます。 71:24 わたしの舌は絶えることなく恵みの御業を歌います。 わたしが災いに遭うことを望む者がどうか、恥と辱めに落とされますように。 +++++++++ どんな状況の中でも神に助けを求め、状況を神に知っていただき、その上で神による勝利を確信し 賛美する。まだ勝利を確実に経験していなくても、きっと勝利は与えられると信じて賛美しているのです。 敵は存在し、不安や理不尽な状況も消えていないにもかかわらず、神の恵みをたたえ、神による勝利を 賛美する、それはそれまでの人生の中でずっと体験し続けてきた神の誠実さを知っているからです。 若いときから神を知る生活の中に生きられることの幸いはここにあります。 体験として神の誠実さ、その力と守りを知り続ける事ができるので、それらを思い起こし、まだ状況が全部 解決していなくても、神による勝利はあるのだと信じることができるのです。 これは決して「積極的思考」というものではなく「実体験に裏打ちされた神の真実からくる積極性」なのです。 体験として知っているのです。 私は幼いときから聖書と関わり、教会と関わり、悔い改めを教えられ、祈ることを教えられてきたことを 心から感謝しています。それらを土台に振り返るとき、神は誠実に、力強く私の人生を支えてくださいました。 偉大な「赦し」「立ち直り」を何度も経験させていただきました。 でも、そういう体験は誰でも経験できるものです。 この詩篇を読んで、そのとおり。わたしもこの線で進みたいです。と心から神に祈れたら、祝福は届きます。 神はまさに恵みと憐れみに満ちたお方だからです。 ++++ >> ◎今年私が撮った写真の中から何枚かピックアップしてスライドショーにしてみました。お楽しみください。 私のホームページから https://www.kazsek.com/videos?wix-vod-video-id=e988466e1aca4d51943c7015b569400a&wix-vod-comp-id=comp-jcuhobq1# もしくは Youtube から https://youtu.be/hMwQQwbIVw8 |
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