|
◎今週はバイブルワークショップがあります。2月1日(金)午前10時20分と午後7時20分からです。会場はOCC 404号室です。
ぜひ、どうぞ。 +++ 【今日の聖句】 2019.01.30 【ヤコブの手紙】 2:10 律法全体を守ったとしても、一つの点でおちどがあるなら、すべての点について有罪となるからです。 2:11 「姦淫するな」と言われた方は、「殺すな」とも言われました。そこで、たとえ姦淫はしなくても、人殺しをすれば、あなたは律法の違犯者になるのです。 2:12 自由をもたらす律法によっていずれは裁かれる者として、語り、またふるまいなさい。 2:13 人に憐れみをかけない者には、憐れみのない裁きが下されます。憐れみは裁きに打ち勝つのです。 2:14 わたしの兄弟たち、自分は信仰を持っていると言う者がいても、行いが伴わなければ、何の役に立つでしょうか。そのような信仰が、彼を救うことができるでしょうか。 ++++++ 私は、このことについては罪を犯しているけれど、あの罪は犯していないから安全だなどとは言えないとヤコブは教えています。 もし、律法を全部守ることでのみ救いがあるのだとすれば、私たちはその全体をしっかり守らなければなりません。 では、律法を全く無視してしまってよいのかといえば、それは違います。 律法は聖なるものですから、それを丁寧に教えられ、神の愛に支えられつつ喜んでその律法に対して行動することが励まされています。 つまり、恵みによる罪の赦しが十字架を通して与えられ、自分の無能力さや自分の罪深さを教えられますが、同時に赦された罪人としての自覚を持ちつつ、精一杯神の愛に応える生き方をしたくなるものなのです。 もし、そういう気持ちが起こらないとすれば、どこかに機能不全というか、血管が詰まってしまっているような状況が起こっているのかもしれません。 神の愛で生かされていることがわかると、その愛を受けて、自分にも他者にも柔らかい心で応答できるようになってきます。笑顔が自然に出てきます。 友人たちの祝福を喜べるようにもなってくるでしょう。 罪の赦しをもたらす神の愛は、私たちの生活の中に、その行動や言葉の中に変化を作り出してくださいます。 ++++ 【詩編】 91:1 いと高き神のもとに身を寄せて隠れ全能の神の陰に宿る人よ 91:2 主に申し上げよ「わたしの避けどころ、砦わたしの神、依り頼む方」と。 91:3 神はあなたを救い出してくださる仕掛けられた罠から、陥れる言葉から。 91:4 神は羽をもってあなたを覆い翼の下にかばってくださる。 神のまことは大盾、小盾。 91:5 夜、脅かすものをも昼、飛んで来る矢をも、恐れることはない。 91:6 暗黒の中を行く疫病も真昼に襲う病魔も 91:7 あなたの傍らに一千の人あなたの右に一万の人が倒れるときすらあなたを襲うことはない。 91:8 あなたの目が、それを眺めるのみ。神に逆らう者の受ける報いを見ているのみ。 91:9 あなたは主を避けどころとしいと高き神を宿るところとした。 91:10 あなたには災難もふりかかることがなく天幕には疫病も触れることがない。 91:11 主はあなたのために、御使いに命じてあなたの道のどこにおいても守らせてくださる。 91:12 彼らはあなたをその手にのせて運び足が石に当たらないように守る。 91:13 あなたは獅子と毒蛇を踏みにじり獅子の子と大蛇を踏んで行く。 91:14 「彼はわたしを慕う者だから彼を災いから逃れさせよう。わたしの名を知る者だから、彼を高く上げよう。 91:15 彼がわたしを呼び求めるとき、彼に答え苦難の襲うとき、彼と共にいて助け彼に名誉を与えよう。 91:16 生涯、彼を満ち足らせわたしの救いを彼に見せよう。」 +++++ 神さまによる守りの絶大な力、その偉大な愛による私たちへのケアの心の深さ、安心して生きられる希望、がこの詩篇の中には歌われています。 こういう詩編を読んでいると元気がでます。 自分がすごい存在だから神がこのように応答してくれるのではなく、あまりに憐れみ深い神であるゆえに、私たちのような小さな存在に対しても憐れみをかけ、力を注ぎ、助けてくださるのだということを 心に留めながらこの詩をしっかり読みたいですね。 |
全体表示
[ リスト ]




