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【今日の聖句】
2019.05.29 【ヨハネの手紙第一】 ヨハネの手紙第一 2:3 わたしたちは、神の掟を守るなら、それによって、神を知っていることが分かります。 **** ヨハネによると、私たちが神様を知っている、あるいは神様に知られているということを一番実感することができるのは、「神の掟を守り、それを実行しているとき」だと教えています。 イエス様の掟は「私があなた方を愛したように、あなた方も互いに愛し合いなさい」というものでした。 それを実行しているとき、それを意識しながら生活するなら、そのときにこそ神様を知っているなぁ、神様に知られているなぁと実感できるというのです。 私たちは、案外、神様の掟ではなく人間の掟や組織の規則を無理やり守ることで神様を知っていることを実感しようと頑張ってしまう傾向があるかもしれません。 実は、組織の規則や掟は、大きく逸脱しているわけではないので神様の掟の範囲内なのかもしれませんが、どうしても組織内に抱え込む要素があるので、組織への隷属化と結びついたり、自己満足に陥ったりすることが多く、その達成感と神様を知ったという錯覚のズレが生まれることがあるのです。 教会活動にあまりに熱心になりすぎると、反社会的、非社会的と思われる言動に走ることさえあります。 それは大変危険です。燃え尽きてしまい、一旦組織への幻滅を経験すると、神様を知った喜びと思われるものが崩壊してしまうからです。 そしてどうにも赦せない心が生まれ、怒りや恐れが沸きあがってしまうことがあります。精神的にも深刻な状況になることが多いのです。 それは職場での極端に忙しい生活の中でも同じことです。 神様の掟は人を解放するものです。神様の掟は、私たちの普段の生活の場で実践されるべきものです。 日常の中でこそ、それが守られる必要があり、日常的な部分を淡々と生きることがまず喜ばれなければなりません。神様の掟を守る生き方というのは、私たちが自分自身を大切にする生き方であり、自分のいのちをしっかり保ち、どんな仕事や役割に対してもベストを尽くして生きることです。自分の最善、最高を提供していく姿勢です。あなたのいるところどこででもです。 でも、いのちを大切にしなければなりませんから、張り切りすぎず、余裕をもって良いのです。笑いがあってよいのです。真剣に誠実に生きるのであって、深刻に思いつめて生きるわけではないからです。 世界の全部の問題の回答者のようなつもりにならなくて良いのです。手の届く範囲の人たちへの笑顔がまずは大事な要素かもしれません。 その笑顔の中に神様がいてくださいます。 ***** 【箴言】 5:15 あなた自身の井戸から水を汲み/あなた自身の泉から湧く水を飲め。 5:16 その源は溢れ出て/広場に幾筋もの流れができるであろう。 5:17 その水をあなただけのものにせよ。あなたのもとにいるよその者に渡すな。 5:18 あなたの水の源は祝福されよ。若いときからの妻に喜びを抱け。 5:19 彼女は愛情深い雌鹿、優雅なかもしか。いつまでもその乳房によって満ち足り/常にその愛に酔うがよい。 5:20 わが子よ/どうしてよその女に酔うことがあろう/異邦の女の胸を抱くことがあろう。 5:21 人の歩む道は主の御目の前にある。その道を主はすべて計っておられる。 5:22 主に逆らう者は自分の悪の罠にかかり/自分の罪の綱が彼を捕える。 5:23 諭しを受け入れることもなく/重なる愚行に狂ったまま、死ぬであろう。 ++ この箇所での「井戸」「水」は夫婦関係や性的な関わりを象徴的に語っています。 夫婦の営みは決して他者が介在することを赦されず、ふたりだけのものであり、それを壊すことは神のこころを悲しませることになります。 いわゆる不倫は軽々しく取り扱われるべきことではなく、深刻な重大な問題です。 それは神に逆らう罪として理解されなければなりません。結婚は神への誓いでもあるからです。これが聖書における夫婦関係の原則です。 5:23 諭しを受け入れることもなく、重なる愚行に狂ったまま、死ぬであろう。 という呪いの言葉で終わっているこの教えの重さは今も昔も変わりません。 幸せな結婚を誰でも願い、そこに希望を託して進みますが、そこがいつの間にか倦怠や嫌味の場になってしまう確率は決して低くはありません。 結婚の契約更新が真剣になされる必要があります。 祝福を祈ります。 |
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