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【日ごとの糧】〜ローズンゲンによる〜
2019.06.28
主はまた、この土地に住んでいたアモリ人をはじめ、すべての民をわたしたちのために追い払ってくださいました。わたしたちも主に仕えます。この方こそ、わたしたちの神です。」
(ヨシュア記24章18節)
わたしたちも数は多いが、キリストに結ばれて一つの体を形づくっており、各自は互いに部分なのです。
わたしたちは、与えられた恵みによって、それぞれ異なった賜物を持っていますから、預言の賜物を受けていれば、信仰に応じて預言し、
(ローマの信徒への手紙12章5〜6節)
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聖書が励ます信仰的な生き方は「わたしが」「わたしは」ということばかりでなく「わたしたちが」「わたしたちは」という意識を持って生きるところにあります。
教会的というか、家族的というか、集団的というか、他の人と心を合わせてどこかに向かう、何かに向かう姿勢を大切なこととして教えているのです。
「自分だけ」という生き方には「自由」はありますが「奔放・高慢・卑屈」がついて回ります。
「集団的意識」を持てると「寛容・規律」的な要素と「競争的な評価」を経験することになるでしょう。でも、そういう中で自分の「枠・立ち位置・賜物」を教えられるのです。
「私たち」と呼べる仲間がいますか?
夫婦・親子でさえ「私たち」と呼ばない出来事が起こる場合があります。
「私たち」と呼べる「信仰の友」が与えられますように。
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