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2019.07.29
【ヘブライ人への手紙】
1:10 また、こうも言われています。「主よ、あなたは初めに大地の基を据えた。もろもろの天は、あなたの手の業である。
1:11 これらのものは、やがて滅びる。だが、あなたはいつまでも生きている。すべてのものは、衣のように古び廃れる。
1:12 あなたが外套のように巻くと、これらのものは、衣のように変わってしまう。しかし、あなたは変わることなく、あなたの年は尽きることがない。」
1:13 神は、かつて天使のだれに向かって、「わたしがあなたの敵をあなたの足台とするまで、わたしの右に座っていなさい」と言われたことがあるでしょうか。
1:14 天使たちは皆、奉仕する霊であって、救いを受け継ぐことになっている人々に仕えるために、遣わされたのではなかったですか。
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神が創造されたものは、それぞれにすばらしいものです。
しかし、いわば肉体をもったもの、作られて存在するものはやがて古びていき、変色し、変化し、廃れていきます。
天使たちの存在は、そんな中では奉仕する霊として紹介されていて、ちょっと異色な存在として紹介されています。
ただし、神ご自身、またイエス様ご自身については「変わることのない存在」と教えられており、イエス様は神の右の座につき、神とともに治める存在として紹介されています。
創造主である神の不変性、イエス様の卓越性についての文章です。
イエス様が私達のために来てくださったということは決して小さなことではありません。
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【箴言】
11:22 豚が鼻に金の輪を飾っている。美しい女に知性が欠けている。
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新改訳聖書では「美しいが、たしなみのない女は、金の輪が豚の鼻にあるようだ。」とあり、新共同訳聖書よりもマイルドで文章としてわかりやすくなっています。
原文は新改訳の方が近いように思います。
あんなことしなければ、あんなこと言わなければあの人は本当に素敵な人なのになあという場面に遭遇することってありますね。
でも、本当にそうなのかなと最近は考えてしまうことが多いです。つまり、金の輪が豚の鼻にあっても良いのです。
もったいないと感じる人もいるでしょうが、豚が金の鼻輪
を付けていても良いのです。知らず知らずの間に、そんなことは言わない方がよい、とか、そこでそんな発言はすべきでないとか、常識と呼ばれる枠ができあがり、いつの間にか「言いたくても言えない空気」がそこに生まれてしまうことがあるのです。
たしなみがないと言われても、場をわきまえないと言われても、尋ねたり、言ったりできることの方が庶民にとっては良い場合が多いのです。
王様にとっては迷惑な話だろうと思うし、指導者にとっては邪魔な存在になるかもしれませんが、それでも、あえて、豚の金の鼻輪のようだと揶揄されても質問したり、表現できる人は前に向かえる人のように思います。
たしなみは必要ですし、無礼になることを礼賛しているわけではありませんが、尋ねること、指摘すること、指導することなどは、あまり遠慮がありすぎると全く意味がなくなってしまいます。
おそらく当時の社会における女性への抑圧意識がありましたから、「女、子供は黙ってろ」という空気の中での格言なのでしょう。
確かに、しゃべりすぎる人は危険ですし、問題があります。しかし、聞きたいのに黙ってしまうのも問題です。
「女性でたしなみがない」という言葉をそのまますぐに「言葉、おしゃべり」と結びつけてしまう私も相当偏見があるのかもしれません。たしなみ、知性と訳されている言葉は「判断」「味」と訳せる言葉です。
「馬鹿じゃないの」と言われても、確認しておいた方が良いことが山ほどあります。
「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」という言葉がありましたよね。聞かなくて失敗することの方が多いのです。
それにしても、「たしなみ」とは何なのでしょう。
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