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2019.08.01
【ヘブライ人への手紙】
2:9 ただ、「天使たちよりも、わずかの間、低い者とされた」イエスが、死の苦しみのゆえに、「栄光と栄誉の冠を授けられた」のを見ています。神の恵みによって、すべての人のために死んでくださったのです。
2:10 というのは、多くの子らを栄光へと導くために、彼らの救いの創始者を数々の苦しみを通して完全な者とされたのは、万物の目標であり源である方に、ふさわしいことであったからです。
2:11 事実、人を聖なる者となさる方も、聖なる者とされる人たちも、すべて一つの源から出ているのです。それで、イエスは彼らを兄弟と呼ぶことを恥としないで、
2:12 「わたしは、あなたの名をわたしの兄弟たちに知らせ、集会の中であなたを賛美します」と言い、
2:13 また、「わたしは神に信頼します」と言い、更にまた、「ここに、わたしと、神がわたしに与えてくださった子らがいます」と言われます。
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イエス様は私達のために苦しみを通過なさいました。その苦しみは私達人間が経験したことのないほど厳しいものでした。
罪のないキリストが人間のすべての罪を担い、全人類の受けるべき神からの罪の刑罰をひとりで引き受けてくださったほどの苦しみ。
その役目を終わり、イエス様は、私達のことを「兄弟」と読んでくださるのだと教えています。
イエス様は、私達にとって「イエス兄さん」と呼べる存在なのだとヘブライ人への手紙の著者は教えているのです。
もったいないほど、ありがたいメッセージがここにあります。
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【箴言】
11:26 穀物を売り惜しむ者は民の呪いを買い/供する人の頭上には祝福が与えられる。
11:27 善を捜し求める人は好意を尋ね求める人。悪を求める者には悪が訪れる。
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新改訳聖書ではこの箇所は「11:26 穀物を売り惜しむ者は民にのろわれる。しかしそれを売る者の頭には祝福がある。
11:27 熱心に善を捜し求める者は恵みを見つけるが、悪を求める者には悪が来る。」となっています。
積極的な助力、積極的に自分のできる善を探し求める姿勢は、私たちの心を豊かにします。そういう生き方をしていると、自分の蒔いた物を刈り取ることが楽しみにできるようになります。パウロが「受けるよりは与える方が幸いです」という言葉を紹介していますが、今朝の格言はまさに、それを裏付
けるような言葉です。良い物を分かち合おうとする精神は、穀物であれ、品物であれ、能力であれ、最善を尽くして相手を祝福する心と連動しています。
相手が喜んでくれることで自分がうれしくなる、それは「愛」のひとつの形です。
相手から何かを受け取れないと喜べないという感覚を私たちは持っていますが、愛は私たちの心に変化をもたらし、相手が喜んでくれるならそれだけでうれしくなる心を持てるようにしてくれるのです。
そこに心の解放があるのです。
たとえば、神への献金は、「倍返し的報い」を期待し、それを受けたら喜ぶのではなく、「捧げることができたという事実」そのものを喜ぶことで祝福されるのです。
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