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【無料聖書通信講座】
昨日は岩渕まことさんとFEBCという放送局で番組の収録がありました。
もう5年くらい前に一緒に番組を担当させていただいたことがあったのですが、今回また同じ題名で同じようなトーク番組を今年の春から始めることになりました。
収録が始まる前に、少し早めに着いた私はスタジオで岩渕さんが来るまで、ディレクターと話をしていました。
私はこのFEBCが制作している番組の中でとても興味を持ち、好きな内容が多くあり、音源を注文して購入して聞かせてもらったり、学ばせてもらったりしています。カトリックの神父さまの講話やルターの研究者である神学者の講座など、本当に素晴らしい内容が公開されています。
そんな中でディレクターと話題になったのが、いわゆる○X式ではなく、また穴埋め式でもない「無料聖書通信講座」の存在。
聖書とか、信仰とか、思想とかというと「わかる」「わからない」というくくり方をしがちですし、その際「答え」がわかる、わからないと考えて学生
時代の「テスト」を思い出しそれだけで講座なんて嫌だと思ってしまう方がおられるかもしれません。でも、「わかる」というのは必ずしも「テスト」
で満点をとるという「わかり方」だけがすべてではないですよね。
「あー、なるほど」「私はこう感じます」というのも、大事なわかり方のひとつです。
FEBCの通信講座はまさに、その線ですすめることができるものらしいです。
おお、聖書よ、いてくれてありがとう、という気持ちで聖書を読めるようになったら素晴らしいですね。
面白そうですよ、FEBCの無料聖書通信講座」オススメです。
いてくれてありがとう。
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2018年01月18日
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【今日の聖句】
2018.01.18
【ルカによる福音書】
7:31 「では、今の時代の人たちは何にたとえたらよいか。彼らは何に似ているか。
7:32 広場に座って、互いに呼びかけ、こう言っている子供たちに似ている。『笛を吹いたのに、踊ってくれなかった。葬式の歌をうたったのに、泣いてくれなかった。』
7:33 洗礼者ヨハネが来て、パンも食べずぶどう酒も飲まずにいると、あなたがたは、『あれは悪霊に取りつかれている』と言い、
7:34 人の子が来て、飲み食いすると、『見ろ、大食漢で大酒飲みだ。徴税人や罪人の仲間だ』と言う。
7:35 しかし、知恵の正しさは、それに従うすべての人によって証明される。」
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子どもたちがはやし立てる歌を取り上げて、イエス様は宗教指導者たちのことを批判しています。
洗礼者ヨハネが来て、彼のちょっとこの世離れした食生活を見れば「悪霊に取りつかれている」と批判し、イエス様が普通の人達と同じような食事をしていると「見ろ、大食漢、大酒飲み、徴税人や罪人の仲間」と否定し、どちらにしても近づこうとしないわけです。
ヨハネの生き方や食事のとり方を批判し、イエス様のそれを同じように批判し、どちらにも「神に託された役割を担った大切な人」という意識を持てず拒否してしまうような生き方は「愚か」だとイエス様は言います。
イエス様に従った人たち、また批判的な指導者に従った人たちの生き方の中に、どちらが正しかったのか、明確に表明される日がくるとイエス様は教えています。
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【箴言】
28:13 罪を隠している者は栄えない。告白して罪を捨てる者は憐れみを受ける。
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新改訳聖書では「自分のそむきの罪を隠す者は成功しない。それを告白して、それを捨てる者はあわれみを受ける」
心の中に隠し事があると自由に動けず、心から明るく振る舞うことは難しくなります。
「告白して罪を捨てる」とは「神にその内容を言葉で伝え、その生き方を変える」という意味があります。
これは新約聖書ヨハネの手紙第一、一章の中にもう少し明確に教えられています。
「1:9 自分の罪を公に言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、罪を赦し、あらゆる不義からわたしたちを清めてくださいます。
1:10 罪を犯したことがないと言うなら、それは神を偽り者とすることであり、神の言葉はわたしたちの内にありません。」
公にとありますが、誰の前でも、とか、教会にかかわる全員の前でというより、まずは「自分の心の中にしまっておかないで、祈りの時に神の前で、神に向かって言葉に出して表現する」ということから始まるのだと思います。
それができると、心が軽くなっていきます。
言葉にできると、不思議なことに、それではその先、どうしたら良いかということについても少しずつ考えることができるようになってきます。
心の中にしまったまま、神様にも話してない状態が一番つらい状況を生み出してしまいます。
そして、こういう言葉を読んだときの注意事項として「あんな人が成功しているようですが、神様、どうしてですか」と自分のこととして読まないで他者を批判するための言葉として考えてしまいやすいのです。
この言葉は、まず、自分に向けて語られたものとして読む事が大事です。あの人、この人のことは、神様におまかせしておけばよいのです。
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