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中禅寺湖畔 菖蒲ヶ浜の早朝
2018/06/19 430am
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2018年06月20日
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戦場ヶ原の早朝
2018/06/19/ 520am
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【深緑と清流】
日光に出かけてきました。 台風が来るとか、2日とも雨になるかもしれないと予報されていた中、 友人とカメラをもって出かけました。 お陰様で雨にもならず、好天でしたので、とても楽しい時間になりました。 日光の「日の出」時間を調べたら4時20分とのことだったので、その前に起きて中禅寺湖畔に行き、静かな湖畔で時を待ち、あれこれ調べたら太陽の昇る角度は戦場ヶ原からのほうがよく見えるらしいと言うので、移動し、戦場ヶ原に向かいました。 すでに何人かカメラマンが来ていましたが、フラットな草原に並び立つ杉の木は白く光っていました。前の夜の夜露が凍っているらしい。 一見、冬の朝のような風景です。でも、霧が出ていて、なんとも幻想的でした。 さらに、日光には「男体山と中禅寺湖」を一望できる最高の場所として知られている半月山の展望台まで行くことにして、昼前に出かけました。標高1720メートル。登山口からは600メートル登れば良いのですが、ここで大きな気付きがありました。 2年前、実はわたしはやはり友人とこの山に登り、展望台で写真を撮りました。でも、その時は登るのに時間をかけ、休みながら登っても息が切れて、辛かったのです。 ところが、今回、比較的容易に登れました。しかも、前日登った時は雲で男体山が全く見えなかったので、翌日二度目の挑戦。これもまた、さっさと登れたのです。 やはり、10キロの減量成果と、比較的カメラをもって歩き回っていることからくる体力造りは一応成果があったように感じました。 これは、思いがけず嬉しい発見でした。 それにしても、深緑の見事な輝き、滝や流れのリズム感、森林の中の静けさ、私は歩きながら大きく呼吸をし、生かされていることを心から感謝しました。 そして、いのちあるすべてのもの、魅了させてくれる滝、湖、山、緑の木々、に「いてくれてありがとう!神様、感謝します」と思いました。 いてくれてありがとう! 映像はYoutubeでどうぞ https://youtu.be/h-OuTjcbb8A |
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【日ごとの糧】〜ローズンゲンより〜
2018.06.20 恵みの倉である天を開いて、季節ごとにあなたの土地に雨を降らせ、あなたの手の業すべてを祝福される。あなたはそれゆえ、多くの国民に貸すようになるが、あなたが貸してもらうことはないであろう。 (申命記28章12節) わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた。 (ヨハネによる福音書1章16節) ++++ 神の祝福は季節ごとの収穫、仕事における実現などによって実感されることが多いようですが、新約聖書では、最大の祝福はイエスさまを通してもたらされるものすべて、と教えています。時々経験する「幸せ感」は神様からの祝福と考えることができますが、でも、聖書は少し違う視点を教えているようです。 自分の頑張りで勝ち得た者、それは素晴らしいし、嬉しいものですが、自分の手によっては、どうすることもできない問題、神との和解、神との交わり、神の祝福の授受などはイエスさまを通してもたらされるので、そこに焦点をしぼって考えると、イエス様の独特の立ち位置が見えてきます。そこに神の祝福があふれているのです。それは肉体的精神的、霊的、関係的、経済的にも影響を大いにもたらすものです。心の一番深いところが取り扱われるからです。 |
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【今日の聖句】
2018.06.20 【ルカによる福音書】 21:12 しかし、これらのことがすべて起こる前に、人々はあなたがたに手を下して迫害し、会堂や牢に引き渡し、わたしの名のために王や総督の前に引っ張って行く。 21:13 それはあなたがたにとって証しをする機会となる。 21:14 だから、前もって弁明の準備をするまいと、心に決めなさい。 21:15 どんな反対者でも、対抗も反論もできないような言葉と知恵を、わたしがあなたがたに授けるからである。 21:16 あなたがたは親、兄弟、親族、友人にまで裏切られる。中には殺される者もいる。 21:17 また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。 21:18 しかし、あなたがたの髪の毛の一本も決してなくならない。 21:19 忍耐によって、あなたがたは命をかち取りなさい。」 ++++ 最終的な終わりを迎える前に弟子たちへの熾烈な迫害が起こることをイエス様は教えています。そして、それは「証し」の機会となることも教えられています。でも、そのための弁明の準備はするなとも言われています。神ご自身が言葉と知恵を授けてくださるのだというのです。要するに、相手を納得させるのは「私達の理論的な説明」ではなく、むしろ「神ご自身が相手の心に語りかけるメッセージ」なのです。 憎まれ、うとまれながらも、忍耐強く「愛に生きる」ようにと勧められています。 +++ 【コヘレトの言葉】 9:9 太陽の下、与えられた空しい人生の日々愛する妻と共に楽しく生きるがよい。 それが、太陽の下で労苦するあなたへの人生と労苦の報いなのだ。 9:10 何によらず手をつけたことは熱心にするがよい。いつかは行かなければならないあの陰府には仕事も企ても、知恵も知識も、もうないのだ。 ++++ 「与えられた空しい日々」「太陽の下で労苦するあなた」「いつかは行かなければならないあの陰府」という前提をしっかり書き置いた上で、コヘレトは「愛する妻とともに楽しく生きなさい」と励まします。 つまり、この先、絶望的なものしかないのだから、せめて家庭を大切に生きなさいというようなメッセージです。 空しい日々がさらに虚しくならないためには、共有する話題や笑顔は必須です。 そして、仕事や趣味についても「熱心に打ち込むように」と励ましています。 これは、ちょっと意地の悪い見方をすれば、悲しいことに愛する妻とともに意見の衝突などがあった場合でも、前向きに趣味や仕事に打ち込め、ともとれるような内容です。 要するに、自分をしっかり生ききることの大切さが教えられているようです。私達の時間は有限だからです。いつまでも、相手のせいにばかりできませんし、自分にとって有益なことを積極的に選び取っていく生き方は大切です。 もちろん、家族が円満に同じ方向を向いて生活できることがなにより幸せなことであることには違いありません。 祝福がありますように。 |
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