|
【若い宣教師と一緒に】
昨日、バイブルワークショップという講座がお茶の水で開催され、午前と夜講演をしました。 昼間の時間、アメリカから来たばかりの若い宣教師とすでに日本に長く滞在している宣教師の友人と一緒にお昼を食べながらあれこれ話しに花が咲きました。言葉も文化も違う国に生活することは決して楽なことばかりではないはずですが、若い宣教師は自分の身の回りに何があり、どう考えたら良いのか、積極的に理解しようとしていました。 実は、私は3歳から10歳まで群馬県前橋市にあった宣教師のための「バーネット館」といういわば宣教師のための寄宿舎のような建物の中に生活していました。母がそこで家政婦をし、父は宣教師のための運転手をしていたからです。 とは言っても、生活の場所は別で、食事の場所も内容も別だったので、宣教師との接点がそれほど多かったわけではありません。彼らの子どもたちとは一緒に遊びましたが、子どもたちは当時軽井沢にあった学校に寄宿していたので、めったに帰ってはきませんでした。 でも、日本語をゼロから学び、社会に溶け込もうと努力し、人々と積極的に関わろうとしている宣教師たちの姿を見て、私は、小さい頃から「何か、あの人達の助けになれることはないかな」と考えるようになりました。子どもの私にでもわかるほど、とても親切な宣教師が多かったのだと思います。 笑顔は印象的でしたし、写真に入れてくれたり、クッキーのようなものを分けてくれたり、実際のところはわかりませんでしたが、子どもの私にとって、そこには悪い人はいませんでした。 アメリカ、オーストラリア、カナダ、イギリス、ドイツ、スエーデン、ニュージーランドからの宣教師たち、ある人達は家族と一緒に、ある人達は独身者でした。 記憶の中では、当時、私が宣教師にひどく叱られたのは2回だけ。一回は夕方から近くの広場で映画会があり、家の人にそれを告げることもせず、だまって映画を見ていて帰りが遅くなり、宣教師たちが心配して私のことを探し歩き、捜索願をだそうかと相談するほど心配してくれた時。 あとは、小さなカエルを地面に叩きつけて殺し、それを糸で縛ってザリガニ釣りに行こうとしたとき、それをたまたま見てしまった高齢の女性の宣教師が、「そんなかわいそうなことはしてはいけません。カエルは善いことをしてくれるのですよ」と咎められた時。 宣教師たちに叱られたのは、(覚えているのは)この2回。あとは、私はずっと「いい子」だったわけです。 あるとき、泣き止まない私の弟を連れて歩いていた宣教師が、誘拐犯と間違えられて交番に足止めされているという情報が入って、私は母と一緒に迎えに行ったことがありました。 善意で散歩に連れて行ってくれただけなのですが…。 私は、きっと、宣教師のそういう生き方を見て、大人になったら、彼らのために何かお手伝いできることがあるなら手助けしたいと考えるようになったのだと思います。 昨日、若い宣教師とお昼を食べながら、ふと、そんなことを思い出していました。 いてくれてありがとう。日本にきてくれてありがとう。 そして、読者の皆さま、いてくれてありがとうございます。 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用




