ブログ「いてくれてありがとう」

「いてくれてありがとう」「God Bless You」をあなたの心に届けたい

雑記

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「ワイアレスヘッドホン」

誕生日のちょっと前、息子から「これ結構良いよ、あげるよ」とワイア
レスのヘッドホンをもらいました。「誕生日のプレゼントはこれがいい
なぁ」「わかった、じゃこれで」
と話がついて早速使ってみました。
時代が変わったという感じがしました。耳をちゃんとふさぐ形のヘッド
ホンでしかもワイアレス。どのくらいの距離まで大丈夫かというと本体
から8m位離れていてもちゃんと聞こえます。ま、めったにそんなに本体
から離れて聞くようなことはありませんが、便利です。耳で音声を聞き
ながらその機材を持たなくても移動できるわけですから。
当然、有線で聴くこともできます。こちらにしておけば電池がなくなる
ことを心配しなくても良いわけで、安心です。
音質は今までのものよりはるかに鮮明であり、大満足です。
studio wirelessという製品。

そうこうしているうちに、大阪の「歌声ペトラ」でいつも一緒に奉仕し
てくれている友人の春太郎さんが、BSの番組でやっていたという1992年
に開催された「ボブ・ディランの30周年記念コンサート」と「エリック・
クラプトンのライブ」とローリング・ストーンズの「野外コンサート」
の映像を送ってくれました。何とも年代物という感じですが、きれいな
映像と音声はその当時は考えられなかったように思います。大感動。

ということで、ワイアレスと音源がぴったり揃いました。その映像が届
いたのが4月11日。誕生日の一日前。
実は昨年は誕生日には葬儀がありました。そして今年は結婚式がありま
した。そして次の日は日曜日でしたからあまりゆっくり音楽を楽しむ時
間はなかったのですが、それらの仕事が終わってから、息子からの贈り
物、友人からの贈り物のセットを楽しみました。

足が痛くてどうなることかと案じていた日々がその2週間ほど続いていま
したが、すこしずつ足腰の痛みが軽減し、だんだんそんな音楽を楽しめ
るようになってきました。
4月12日結婚式を終えて家に戻り、少し昼寝をしてから、息子と一緒に寿
司屋に行き、美味しくお腹いっぱい食べてきました。言葉数は少ないの
ですが、頼りがいのある、優しい息子を嬉しく思いました。
まだ誕生日の余韻が残っているのです。4月は好きだなぁ。
いてくれてありがとう。

今日の聖句

今日の聖句
2014.04.17
【ヨハネの黙示録】
16:17 第七の天使が、その鉢の中身を空中に注ぐと、神殿の玉座から大声が聞こ
え、「事は成就した」と言った。
16:18 そして、稲妻、さまざまな音、雷が起こり、また、大きな地震が起きた。
それは、人間が地上に現れて以来、いまだかつてなかったほどの大地震であった。
16:19 あの大きな都が三つに引き裂かれ、諸国の民の方々の町が倒れた。神は大
バビロンを思い出して、御自分の激しい怒りのぶどう酒の杯をこれにお与えになっ
た。
16:20 すべての島は逃げ去り、山々も消えうせた。
16:21 一タラントンの重さほどの大粒の雹が、天から人々の上に降った。人々は
雹の害を受けたので、神を冒涜した。その被害があまりにも甚だしかったからで
ある。
**
7番目の天使が鉢を空中に注ぐと「事は成就した」と言う声が聞こえました。
大地震が起こり、大粒のヒョウが降りました。このヒョウの大きさは1タラント
ンとありますが、これは約25キロと言われています。そしてその被害を受けた人
たちは神を冒涜するのです。
大きな都とはローマ帝国のことだろうと言われています。「激しい怒りの杯」と
ありますが、「杯」は神が定める各人の運命を象徴していると言われ、この町に
は神の激しい怒りがまさに報酬のようにもたらされます。
「すべての島は逃げ去り、山々も消え失せた」とありますが、これら被造物の消
滅は、新しい天と新しい地がもたらされる予兆として描かれています。
地上での神への冒涜を繰り返し、聖徒たちの迫害者であった大きな町が裁かれ、
まさに神の支配がもたらされようとしています。これらの内容は普段の生活では
気づくこともなく、教えられることも少ないのですが、主こそ「統治者」なので
す。
祝福がありますように。

+++

【エレミヤ書 涙の預言者エレミヤ】
6:16 主はこう言われる。「さまざまな道に立って、眺めよ。昔からの道に問いか
けてみよどれが、幸いに至る道か、と。その道を歩み、魂に安らぎを得よ。」し
かし、彼らは言った。「そこを歩むことをしない」と。
6:17 わたしは、「あなたたちのために見張りを立て耳を澄まして角笛の響きを待
て」と言った。しかし、彼らは言った。「耳を澄まして待つことはしない」と。
6:18 「それゆえ、国々よ、聞け。わたしが彼らにしようとすることを知れ。
6:19 この地よ、聞け。見よ、わたしはこの民に災いをもたらす。それは彼らのた
くらみが結んだ実である。彼らがわたしの言葉に耳を傾けずわたしの教えを拒ん
だからだ。

6:22 主はこう言われる。「見よ、一つの民が北の国から来る。大いなる国が地の
果てから奮い立って来る。
6:23 弓と投げ槍を取り、残酷で、容赦しない。海のとどろくような声をあげ、馬
を駆り戦いに備えて武装している。娘シオンよ、あなたに向かって。」
6:24 我々はその知らせを聞き、手の力は抜けた。苦しみに捕らえられ我々は産婦
のようにもだえる。
6:25 「野に出るな、道を行くな。敵は剣を取り、恐怖が四方から迫る。
6:26 わが民の娘よ、粗布をまとい灰を身にかぶれ。独り子を失ったように喪に服
し苦悩に満ちた嘆きの声をあげよ。略奪する者が、突如として我々を襲う。」
6:27 わたしはあなたをわが民の中に金を試す者として立てた。彼らの道を試し、
知るがよい。
6:28 彼らは皆、道を外れ、中傷して歩く。彼らは皆、青銅や鉄の滓罠を仕掛けて
人を滅ぼす者だ。
6:29 鉛はふいごで起こした火に溶ける。彼らも火で試されたが、空しかった。彼
らの悪は取り除かれることがなかった。
6:30 捨てられた銀の滓、と彼らは呼ばれる。主が彼らを捨てられたからだ。
*****
いかにも旧約聖書らしい描写と言えるかもしれません。
民の明らかな背信、不信、そして神への冒涜、それに対する神の裁き。
彼らはまじめに考えた上で神に反抗しているのか、それとも、神の力をなめてい
るのか、わかりませんが、もし後者だとすれば、心にもない強がりや心にもない
批判の言葉は実に大きな危険を生み出しますね。これは人間関係においても同じ
かも知れません。
北からの敵がやってくると神は民に告げます。しかし、それさえも彼らは本気で
信じようとはしないのです。彼らは偽りの平和の中にノンキに暮らしているから
です。悔い改めも、神への心からの礼拝も、彼らの生活の中では無関係としか感
じられなかったのです。恐ろしく、現代の社会と似ているような気がします。
祝福がありますように。

今日の聖句

今日の聖句
2014.04.16
【ヨハネの黙示録】
16:10 第五の天使が、その鉢の中身を獣の王座に注ぐと、獣が支配する国は闇に
覆われた。人々は苦しみもだえて自分の舌をかみ、
16:11 苦痛とはれ物のゆえに天の神を冒涜し、その行いを悔い改めようとはしな
かった。
16:12 第六の天使が、その鉢の中身を大きな川、ユーフラテスに注ぐと、川の水
がかれて、日の出る方角から来る王たちの道ができた。
16:13 わたしはまた、竜の口から、獣の口から、そして、偽預言者の口から、蛙
のような汚れた三つの霊が出て来るのを見た。
16:14 これはしるしを行う悪霊どもの霊であって、全世界の王たちのところへ出
て行った。それは、全能者である神の大いなる日の戦いに備えて、彼らを集める
ためである。
16:15 ――見よ、わたしは盗人のように来る。裸で歩くのを見られて恥をかかな
いように、目を覚まし、衣を身に着けている人は幸いである。――
16:16 汚れた霊どもは、ヘブライ語で「ハルマゲドン」と呼ばれる所に、王たち
を集めた。

***
神様からの超自然的な介入が、「裁き」としてもたらされ、その恐怖は言葉にできないほどですが、にもかかわらず人々は悔い改めることをせ
ず、神を冒涜し、神に向かって怒っています。怒りは反省や自制の心を破壊します。
ユーフラテス川は、昔から東の国からの敵を守る役割を果たしてきました。この川の水が涸れることになると反キリストの勢力が神の国を倒すのに有利な道が開かれたということになります。それはまさに最後の戦いのために神様が道を開いていると考えられますが、竜であるサタン、獣である反キリスト、そしてもう1匹の獣でもあるにせ預言者が全力でその悪霊を使って世界中から王と勢力を集め、ハルマゲドンと呼ばれるところに王たちを集めたと書かれています。
ハルマゲドンという名前は「メギドの丘」という意味です。イスラエルにある古戦場です。その戦場に集結を呼びかけているのは「汚れた霊ども」ですし、その背後にいるのは竜と獣と偽預言者たちですから、神への反抗心に燃えた者たち、地上での生活を神に妨げられたくない、邪魔されたくないと考えている権力者たちが結集するのです。

「16:15 ――見よ、わたしは盗人のように来る。裸で歩くのを見られて恥をかか
ないように、目を覚まし、衣を身に着けている人は幸いである。――」という
短い挿入句は、終わりのときが近い今、キリストを信じて、義の衣をまといつつ
生きるように、世の安逸をむさぼることでキリストとの交わりを捨て去らないよ
うにという勧めです。
祝福がありますように。 


+++

【エレミヤ書 涙の預言者エレミヤ】
6:6 まことに、万軍の主はこう言われる。「木を切り、土を盛りエルサレムに対
して攻城の土塁を築け。彼女は罰せられるべき都その中には抑圧があるのみ。
6:7 泉の水が湧くように彼女の悪は湧き出る。不法と暴力の叫びが聞こえてくる。
病と傷は、常にわたしの前にある。
6:8 エルサレムよ、懲らしめを受け入れよ。さもないと、わたしはお前を見捨て
荒れ果てて人の住まない地とする。」
6:9 万軍の主はこう言われる。「ぶどうの残りを摘むようにイスラエルの残りの
者を摘み取れ。ぶどうを摘む者がするようにお前は、手をもう一度ぶどうの枝に
伸ばせ。」
6:10 誰に向かって語り、警告すれば聞き入れるのだろうか。見よ、彼らの耳は無
割礼で耳を傾けることができない。見よ、主の言葉が彼らに臨んでもそれを侮り、
受け入れようとしない。
6:11 主の怒りでわたしは満たされそれに耐えることに疲れ果てた。「それを注ぎ
出せ通りにいる幼子、若者の集いに。男も女も、長老も年寄りも必ず捕らえられ
る。
6:12 家も畑も妻もすべて他人の手に渡る。この国に住む者に対してわたしが手を
伸ばすからだ」と主は言われる。
6:13 「身分の低い者から高い者に至るまで皆、利をむさぼり預言者から祭司に至
るまで皆、欺く。
6:14 彼らは、わが民の破滅を手軽に治療して平和がないのに、『平和、平和』と
言う。
****
「不法と暴力の叫び」「病と傷」「身分の低い者から高い者に至るまで皆、利を
むさぼり預言者から祭司に至るまで皆、欺く。彼らは、わが民の破滅を手軽に治
療して平和がないのに、『平和、平和』と言う。」
これが当時のエルサレムの雰囲気でした。しかも彼らは神の切実な呼びかけに答
えようともせず、神に立ち返ることを拒み「平和と繁栄がある」と誤った解釈の
上にあぐらをかいていたのです。
神との姿勢をただすことをせず、自国の安全や平和をないがしろにし、誤った平
和、安心を唱え、利益を追い求めることだけに汲々としている国の姿、欺きが横
行し、公正、正義が見えて来ない社会、何だか日本の姿のようにも見えてきます。
エレミヤの預言による国の姿と日本の進んでいる姿がダブらなければ良いなぁと
思います。

今日の聖句

今日の聖句
2014.04.15
【ヨハネの黙示録】
16:1 また、わたしは大きな声が神殿から出て、七人の天使にこう言うのを聞いた。
「行って、七つの鉢に盛られた神の怒りを地上に注ぎなさい。」
16:2 そこで、第一の天使が出て行って、その鉢の中身を地上に注ぐと、獣の刻印
を押されている人間たち、また、獣の像を礼拝する者たちに悪性のはれ物ができ
た。
16:3 第二の天使が、その鉢の中身を海に注ぐと、海は死人の血のようになって、
その中の生き物はすべて死んでしまった。
16:4 第三の天使が、その鉢の中身を川と水の源に注ぐと、水は血になった。
16:5 そのとき、わたしは水をつかさどる天使がこう言うのを聞いた。「今おられ、
かつておられた聖なる方、あなたは正しい方です。このような裁きをしてくださっ
たからです。
16:6 この者どもは、聖なる者たちと預言者たちとの血を流しましたが、あなたは
彼らに血をお飲ませになりました。それは当然なことです。」
16:7 わたしはまた、祭壇がこう言うのを聞いた。「然り、全能者である神、主よ、
あなたの裁きは真実で正しい。」
16:8 第四の天使が、その鉢の中身を太陽に注ぐと、太陽は人間を火で焼くことを
許された。
16:9 人間は、激しい熱で焼かれ、この災いを支配する権威を持つ神の名を冒涜し
た。そして、悔い改めて神の栄光をたたえることをしなかった。
+++++
七つの鉢に盛られた神の怒りが地上に向けて注がれます。その際、この怒りを受
けるのは「獣の刻印を押されている人間たち、また、獣の像を礼拝する者たち」
「聖なる者たちと預言者たちとを迫害し殺した人たち」「この災いを支配する権
威を持つ神の名を冒涜し、悔い改めることをせず、神の栄光をたたえることをし
ない人たち」です。
この世における圧政者、迫害者であり、一見、社会における成功者と見られ讃え
られていながら神を礼拝しようとしない人たちが、ある時、神の怒りを受ける対
象者となるのです。ここに出てくるいろいろな地上の様相は出エジプト記に出て
くるモーセがエジプトの王と対決し、そこで起こされたさまざまな奇跡と似てい
ます。
それらの出来事は、神を信頼している人たちにとっては「解放の近さ」を感じさ
せるものだったに違いありません。
この章での神の怒りの対象はキリストに属している者へ出来事ではなく、神への
冒涜とキリスト者への迫害を実行してきた人たちに対するものです。
こういう出来事が必ず起こり、神は必ずこの地上における理不尽さを清算する日
がくるのだとヨハネは書き記しているのです。ここに希望があり、慰めがあるの
です。神はやがて総決算する日を用意しているからです。
祝福がありますように。

+++

【エレミヤ書 涙の預言者エレミヤ】
5:21 「愚かで、心ない民よ、これを聞け。目があっても、見えず耳があっても、
聞こえない民。
5:22 わたしを畏れ敬いもせずわたしの前におののきもしないのかと主は言われる。
わたしは砂浜を海の境とした。これは永遠の定めそれを越えることはできない。
波が荒れ狂っても、それを侵しえずとどろいても、それを越えることはできない。
5:23 しかし、この民の心はかたくなで、わたしに背く。彼らは背き続ける。
5:24 彼らは、心に思うこともしない。『我々の主なる神を畏れ敬おう雨を与える
方、時に応じて秋の雨、春の雨を与え刈り入れのために定められた週の祭りを守
られる方を』と。
5:25 お前たちの罪がこれらを退けお前たちの咎が恵みの雨をとどめたのだ。」
5:26 「わが民の中には逆らう者がいる。網を張り鳥を捕る者のように、潜んでう
かがい罠を仕掛け、人を捕らえる。
5:27 籠を鳥で満たすように彼らは欺き取った物で家を満たす。こうして、彼らは
強大になり富を蓄える。
5:28 彼らは太って、色つやもよくその悪事には限りがない。みなしごの訴えを取
り上げず、助けもせず貧しい者を正しく裁くこともしない。

5:31 預言者は偽りの預言をし祭司はその手に富をかき集めわたしの民はそれを喜
んでいる。その果てに、お前たちはどうするつもりか。」
++++
神が与えてくださる自然の恵みに感謝することもせず、当たり前のこととして受
け止め、人々からの略奪を平然と実行し、不正の蓄財に走り、孤児の訴えを取り
上げず、助けることもせず、貧しい者を顧みることもしない。
預言者は偽りを語り、祭司は富を得ることに奔走し、民はそれを「成功」とみな
し喜んでいる。
こういう文章を読んでいると、いったいこれはいつの出来事なのだろうと考えて
しまいます。今、この国に起こっていることでもあるように感じるからです。
宗教家たちが、本気になってなすべきことをしているのかどうか、成功の定義が
根底から違うのではないか、社会の中にもたらされるべきものを本気で訴えてい
るかどうか、とても昔の出来事としてだけ読むことはできません。

今日の聖句

昨日のMACF礼拝の様子がYoutubeにアップされています。
どうぞお楽しみください。
https://www.youtube.com/watch?v=m1AK4g5qGZs
++++
今日の聖句
2014.04.14
【ヨハネの黙示録】
15:5 この後、わたしが見ていると、天にある証しの幕屋の神殿が開かれた。
15:6 そして、この神殿から、七つの災いを携えた七人の天使が出て来た。天使た
ちは、輝く清い亜麻布の衣を着て、胸に金の帯を締めていた。
15:7 そして、四つの生き物の中の一つが、世々限りなく生きておられる神の怒り
が盛られた七つの金の鉢を、この七人の天使に渡した。
15:8 この神殿は、神の栄光とその力とから立ち上る煙で満たされ、七人の天使の
七つの災いが終わるまでは、だれも神殿の中に入ることができなかった。
++++
「証しの幕屋の神殿」とありますが、そこには十戒を刻んだ石の板が安置されて
います。だからこそ証しの幕屋と呼ばれているのです。そこから7つの災いを携
えた7人の天使が出てきます。4つの生き物のひとつが神の怒りの盛られた7つの
金の鉢を7人の天使に渡します。クライマックスの近さを感じる描写です。
「神殿は神の栄光と力と煙で満たされ、誰も神殿の中に入ることが出来なかった」
とありますが、「煙」は聖なる神の臨在、現臨を表現する印象的な言葉として用
いられています。神の座は守られており、神は至高の統治者として描かれていま
す。神は最終的には「新しい天と新しい地」を構築するための裁きを実行し、民
を悪から救い出すために常に「そこにおられて」計画通り、予定通りの裁きを執
行されようとしているとヨハネは教えているのです。
世界がどうなろうと、私たちの神の座が脅かされることはないという信仰の証し
の文章なのです。
祝福がありますように。

+++

【エレミヤ書 涙の預言者エレミヤ】
5:1 エルサレムの通りを巡りよく見て、悟るがよい。広場で尋ねてみよ、ひとり
でもいるか正義を行い、真実を求める者が。いれば、わたしはエルサレムを赦そ
う。
5:2 「主は生きておられる」と言って誓うからこそ彼らの誓いは偽りの誓いとな
るのだ。
5:3 主よ、御目は真実を求めておられるではありませんか。彼らを打たれても、
彼らは痛みを覚えず彼らを打ちのめされても彼らは懲らしめを受け入れずその顔
を岩よりも固くして立ち帰ることを拒みました。
5:4 わたしは思った。「これは身分の低い人々で、彼らは無知なのだ。主の道、
神の掟を知らない。
5:5 身分の高い人々を訪れて語り合ってみよう。彼らなら主の道、神の掟を知っ
ているはずだ」と。だが、彼らも同様に軛を折り綱を断ち切っていた。
5:6 それゆえ、森の獅子が彼らを襲い荒れ地の狼が彼らを荒らし尽くす。豹が町
々をねらい出て来る者を皆、餌食とする。彼らは背きを重ねその背信が甚だしい
からだ。
++++
身分の高い者たちもそうでない者たちも揃って神への背信を繰り返し、「主は生
きておられる」などと口では言いながら、その実、彼らの生き方はまったく「生
きてられるはずの神」の心を無視して、神の心に沿わない生き方を平気で続けて
いたのです。悔い改めへの勧めの言葉が語られても、耳を傾けることもせず、い
つまででも神の言葉を無視して平然と生活している姿が描かれています。
何とも悲しい姿です。
しかし、これはエレミヤの時代のみならず、今でもそうなのかもしれません。
信仰告白や神への賛美が純粋に神への捧げものとして意味を持たず、まるで自己
陶酔のためのアクセサリーのように用いられているということはないでしょうか。
こういう描写は、心が痛くなりますが、自分の姿を重ねて見ることができれば、
多いに有益な文章となるはずです。
祝福がありますように。

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