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コラージュ

コラージュに挑戦してみました。
なんだかとても単純なものになりましたが、これからが楽しみです。

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【鉛筆画】

【鉛筆画】

昨日、私はクリニックのお昼休みに「鉛筆画」の指導を受けて描いてみました。
それにしても鉛筆には随分種類があるものですね。
私のためにスタッフが用意してくれたのは B6 B3 B HB F の5本。
それぞれ色の濃さと滑らかさが違います。
それを使って、線を引いたり、スペースを塗ったりしながら、仕上げていきます。
いつものことながら、夢中になってやっていると、これが楽しいのです。
デイサービスの人たちは、アクリル絵の具を使って「くらげ」を描いていましたが私は、時間がなかったので
鉛筆画を用意していただいたのです。

太い線、細い線、曲線、直線、濃い色、薄い色、それらが混じり合ってひとつの絵ができます。
それはちょうど、いろいろな人たちの存在が交差してできあがる人間社会の一ページのように感じました。
遠くからみると、バランスが良いように見えても、近くからみるとちょっとぐちゃぐちゃだなと感じたり。
それがまた、人間関係の微妙な近さや遠さと関係しているようでした。もしろん、それは描き終わって作品を見たときに感じたことで、描いているときはそんなことを考えたり感じたりする余裕はありません。

昨日は、鉛筆くんたちに、「いてくれてありがとう」でした。
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【ミニ大根をじっくり】

昨日のクリニックでのカウンセリングの合間に実施した臨床美術の課題は「ミニ大根をじっくりと描く」というものでした。
美味しそうなミニ大根をじーっと見ながら、薄墨で輪郭をしっかり描き、それに水彩色鉛筆でミニ大根の色をつけていくのです。
私にとっては、こういう作業は初めてのことばかりなのですが、これがとても楽しくて、昼休みの中の30分使ってそれをさっさとやっていきます。本当に素晴らしいストレス解消の時間になっています。
ほとんど食べる時にしか出会っていないミニ大根。
でも、よーく見るとその大根にはスジがあり、色が場所によって濃淡の差があり、大きな葉っぱにも色の変わった部分があり、形もよく見ると、それなりの変化をもっていておもしろいなと感じました。
普段は見ているようで見ていないものなのですね。
デッサンするためにじーっと見ていると、色や形の面白さ、そしてその味への興味、どうしてこんなに胴体と先端の部分の色が違うのだろうとか、あれこれ疑問や興味がわいてきます。
見回すと、普段、見ているようで見ていないものがたくさんあるなと感じました。
でも、それは本当にもったいないことだなと思いました。
小さなミニ大根に「いてくれてありがとうね」と何度も言いながら、筆を進めました。
何だか、心なしか、ミニ大根の顔色が前より、赤ら顔になったように見えました。(嘘です、嘘。これはもう私ののめり込み過ぎによる妄想です…。)
30分で完了。
10年以上前からクリニックで併設しているデイサービスでは臨床美術を中心にして実施していたので、気付きさえすれば、もっと早くできたはずなのになぁ。本当に残念です。
でも、とにかく、あれこれ見よう見真似でやっていますが、楽しいです。
昨日も臨床美術士の高橋君に指南書を書いてもらって自分の部屋、カウンセリング室でやってみました。

なんと、描き終わった作品がクリニックのロビーのところに、額に入れられて飾られていました。
照れました。
臨床美術は私には、最適な気分転換のツールになっています。これは臨床美術協会の副理事長だから言うのではなく、実体験からの生の感想です。おすすめです。

ミニ大根にも、臨床美術士のみなさんにも、
そして読者のあなたにも、
いてくれてありがとう。
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昨晩、私が月曜と火曜日にカウンセリングのお手伝いをさせていただいている木村クリニックに併設しているアールブリューというデイサービスのスタッフと院長の木村先生ご夫妻との食事会がありました。

普段は、利用者さんのケアにあたっているスタッフが集まって、くつろいだ食事会になりました。
実は木村クリニック、今年で開設10年になります。私は最初から関わらせていただいたので、院長ご夫妻のいろいろな御苦労を見てきました。

また、10年間ずっとカウンセリングの部屋を任されてきたので、いろいろな方々とお目にかかることができ、さまざまな人間模様を見せていただきました。
私にとっては、自分の説教が頭の中での作り事にならないための最高の教育現場になっているように思います。そこで出会う人たちにどう接し、何を語り、何を教えてもらうのか、それらひとつひとつが私にとっては大切な教訓になっているように思います。私にとっての教育の現場です。

院長によると、最初の3年は本当に大変だったとのこと。縁故もなく土地の人でもない、木村先生にとって、クリニック大きな賭けだったと思います。その当時はクリニックの周辺はまだ畑と森でしたので、本当に夕方などは寂しい地域でした。でも今は近くに住宅街ができ、ずいぶんにぎやかになってきました。
高齢者医療を中心にクリニックを開設し、途中、デイサービスを併設し、最初は3人だったスタッフも現在では、通所リハビリ関連だけでも蓮田市に新たにオープンした施設と合わせて7名。そのほかに医療関係のスタッフが4名。それに薬局関係の人たちも常に働いています。
今回は介護関係のスタッフとの食事会でした。
来月は医療関係スタッフと薬局のスタッフとの食事会が予定されています。
最初は3人でしたから、一度で済んだのですが…。
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10年間の継続は、地域社会に大きな存在意義を示しているように思います。
その間、親切で丁寧、話をよく聞いてくれるお医者さんとして地域の人たちに信頼されるクリニックに成長することができたように思います。

【木村クリニック】
http://www7a.biglobe.ne.jp/~kimuraclinic/

私が、木村先生に初めてお会いしたのはもう17年くらい前のこと。彫刻家の金子健二さんと一緒にお会いしたのが最初でした。病院で認知症の患者さんのための芸術療法によるリハビリと、介護家族へのケアの時間を持たせてもらえないかと、当時大きな病院の脳外科部長をしていた木村先生に相談したのです。この時の三人の出会いから、その後の臨床美術にかかわるすべてが始まりました。

認知症の方々へのリハビリプログラムとしての「臨床美術」が始まり、介護家族のためのカウンセリングが始まり、東北福祉大学との共同研究など学術的な研究が始まりました。現在の私の「牧師」以外の社会的な立場は、そこから始まりました。

日本臨床美術協会、日本臨床美術学会などもすべて、そこから始まりました。
ずいぶん大きな規模の働きになってきました。木村先生も、今は亡き金子先生も、私もまったくこんなに大きなことになるとは思っていませんでした。あ、きっと、金子先生は考えておられたかもしれません、先見の明がある方でしたから。

食事をしながら、今は亡き金子健二さんと木村先生と現在芸術造形研究所の代表西田さんと私とで海外などに出かけた研修旅行での事々などを思い出していました。今より、ずっとそういうことに時間が取れた日々があったなぁと思い出したのです。

【臨床美術協会】
http://www.arttherapy.gr.jp/

【臨床美術学会】
http://www.clinicalart.gr.jp/index.html

私は、こういう出会いを感謝しています。金子さんとのイスラエル旅行を通しての出会い、木村先生との協力依頼を通しての出会い。私の人生の中で決して忘れることのできない重大な出会いがそこにありました。そして、今でもこうして交流を深めながら一緒に仕事をさせていただけていることを心から嬉しく思っています。

ウクレレタイム

今日は、クリニックでの仕事があるのですが、ちょっと時間をとって、いつものようにデイサービスに行きました。
今日の利用者さんは、女性が多く、とても元気で話しているうちに明るい気持ちにさせてもらえるような空間です。
絵を描く予定なのですが、そのちょっと前に一緒に歌う時間を持ちました。
ウクレレを弾き出すと、大きな声で一緒に歌ってくださるので、気持ちがすっきりしてきます。
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歌う前に利用者さんの共同制作作品前で記念撮影。

今日、私はアロハシャツだったのですが、「先生はそのシャツ似合いますねぇ。ハワイで買ってきたの?それともハワイからの帰りなの?」
「ウクレレを持っていると、どう見てもハワイの人に見えますよ。」と言うので、「それじゃウクレレ持ってなかったら、どこの国の人に見えますか」と尋ねると、「うーーん、やっぱりハワイかベトナムかな、あははは。でも、日本語がこんなに上手なんだから、やっぱり日本人に見えますよ。」
どうも、私の容姿で日本人に見えるというわけではないらしい…。
今日などは特に、利用者のおばちゃんたちに遊ばれている時間ですが、楽しいひとときです。、

それにしても、皆さん、「上を向いて歩こう」は良く歌ってくださいます。
「見上げてごらん、夜の星を」も歌いました。

「見上げてごらん、夜の星を」と歌いながら、昔、オーストラリアの真ん中で野宿をして、上を見上げて星を見た時の感動を思い出しました。人の生活音が全く聞こえず、風の音が耳に心地よく、夜空には、掃いて捨てるほどの数の星が輝いていました。
そういえば、エジプトのシナイ山のふもとで、登山前見た星も、同じようにすさまじい数でした。
アブラハムが見上げた時も、きっと、そんな星の数だったんでしょうね。

「さびしき星よ、輝き続けよ」という詩に私は大感動して、一大決心をしたことがあるのですが、
「星」って何か、魅惑的な要素がありますね。





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