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生き方

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【日ごとの糧】2019.08.24

【日ごとの糧】〜ローズンゲンによる〜
2019.08.24

わたしを尋ね求めるならば見いだし、心を尽くしてわたしを求めるなら、わたしに出会うであろう、と主は言われる。
わたしは捕囚の民を帰らせる。わたしはあなたたちをあらゆる国々の間に、またあらゆる地域に追いやったが、
そこから呼び集め、かつてそこから捕囚として追い出した元の場所へ連れ戻す、と主は言われる
(エレミヤ書29章13〜14節)

上にあるものに心を留め、地上のものに心を引かれないようにしなさい。
(コロサイの信徒への手紙3章2節)
+++
地上における現在の生活は神が私たちに約束しておられる祝福の現実から考えると「捕囚」状態と似ているのかもしれません。
すべてに不足を感じ、不満があり、あれがないと不安になり、これがないと満足できないような気分になり、まるで「よその土地で生きているかのような居心地の悪さ」に慣らされてしまってはいないでしょうか。

貧しくても「ふるさと」の中にある「懐かしさ・居心地の良さ」を失いたくないですね。
私たちは魂の故郷を捨てて、「ものがなければ生きた心地がしない」ような「見えるものだけがすべて」という寄留地に生きているのかもしれません。

【今日の聖句】2019.08.24

【今日の聖句】
2019.08.24
【ヘブライ人への手紙】
7:21 この方は、誓いによって祭司となられたのです。神はこの方に対してこう言われました。「主はこう誓われ、/その御心を変えられることはない。
『あなたこそ、永遠に祭司である。』」
 7:22 このようにして、イエスはいっそう優れた契約の保証となられたのです。
****
イエス様は天使より優れているという表現が1章の中に出ていました。ここでは「優れた契約の保証」という言葉が書かれています。
キリストが祭司の務めを果たすのは、いわゆる伝統的な宗教の法律やそれまでの階級制度から導き出して、キリストの順番がきたから、その役割を果たすというのではあ
りませんでした。神様が特別に選び出して、形式的な赦しではなく、本当の赦しをもたらすために、いわば、今までの制度の完成や完了をしめすために、キリストを立てたのです。
このお方こそ、永遠の大祭司。人間の伝統で作り上げた宗教的な「真似事」ではなく、神様からの認証を受けた大祭司なのだというのです。
そういえば、イエス様の洗礼の場面でも、天からの声がしていましたね。
その役目すべてについて、イエス様は「最終的な、決定的な祭司、救い主」なのです。
私たちはこのお方をしっかり心に留めながら進むのです。



****
【箴言】

14:6 不遜であれば知恵を求めても得られない。聡明であれば知識は容易に得られる。
14:7 愚か者の前から立ち去るがよい。彼に知識ある唇を認めることはできない。
14:8 思慮深い人は自分の知恵によって道を見分ける。愚か者の無知は欺く。
14:9 無知な者は不遜で互いをなじる。正しい人は互いに受け入れる。
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自分を簡単に「聡明な人」「思慮深い人」「正しい人」に当てはめて読むことはできません。
どこかに不遜な面があり、愚か者と言われても仕方がない振る舞いがあり、無知な存在であることは否定できないからです。
私たちは人のことを、不遜、無知となじることが得意です。人のしたことを正当に評価することは難しく、どうしても、クレームを付けたくなるものなのです。
まずは、自分にそういう「不足している面」があることを認める心が必要なのかもしれません。それがないと、自分は常に正しく、人は常に軽蔑の対象になってしまう傾向があります。
それでは成長や成熟のための変化は生まれません。
互いが生かし合える関わりの中でこそ、人はどんどん成長し、変化していきます。   
人は自分と違うことを認めること、自分の中に無知な面があることを認めること、時には大きな変化が自分の中に必要であることを認める生き方が大切なのでしょうね。

【新宿御苑で】

【新宿御苑で】

新宿に仕事の関係で出かける用事があったので、仕事が終わってからちょっと時間を見つけて「新宿御苑」に足を伸ばしました。
チケットを購入するとその半券には「国民公園」という文字が書かれてありました。
あぁ、新宿御苑は都のものでも区のものでもなく「国民公園なのかぁ」と納得。
そういえば新宿御苑のホームページにも
「新宿御苑へようこそ」
一般財団法人国民公園協会新宿御苑は、環境省からの委託を受け、新宿御苑の維持管理事業を実施し、環境保全と利用者サービスの充実に取り組んでいます。
+++
と書かれていて、国民公園協会という団体が管理していることがわかります。
詳細は
http://fng.or.jp/shinjuku/

ところで、今回、私はあまり行っていなかった「温室」の植物園に行きました。そこには熱帯地方の植物とか、サボテンとか、食虫植物とかが元気に生育していて、写真のためには最高のスポットでした。
そして本当にいろいろな植物があり、しかも色彩も見事で見とれてしまうようなものが多いなぁと感じました。

赤とんぼも蝶々も近くに飛んでいましたが、とにかくその花の美しさと言ったら、大感動でした。
「いてくれてありがとう」「咲いててくれてありがとう」を連発しながら撮りました。
写真は
https://blogs.yahoo.co.jp/pastor_kazsek/56502174.html

その前の日はひまわり、今回はランなどをはじめ美しい花たちと出会えて何かとても心がワクワクしています。
新宿御苑の温室植物園、おすすめです。

【日ごとの糧】2019.08.23

【日ごとの糧】〜ローズンゲンによる〜
2019.08.23

偉大さ、力、光輝、威光、栄光は、主よ、あなたのもの。まことに天と地にあるすべてのものはあなたのもの。主よ、国もあなたのもの。あなたはすべてのものの上に頭として高く立っておられる。
(歴代誌上29章11節)

「主よ、わたしたちの神よ、あなたこそ、栄光と誉れと力とを受けるにふさわしい方。あなたは万物を造られ、御心によって万物は存在し、また創造されたからです。」
(ヨハネの黙示録4章11節)
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私たちは偉大さ、力、財産、権力などいろいろなものを「なくてはならないもの」のように求める傾向がありますが、
実は、私たちにはそれらのものはなくても「生きていくことは可能」です。
神がそれらすべてを持ち、それらすべてを用いて私たちを祝福しようとしてくださっているからです。
神はそのすべての力を注いで私たちを生かそうとし、私たちを祝福しようとしておられます。
まずは、それを信じることができるかどうか、が鍵かもしれませんね。

【今日の聖句】2019.08.23

【今日の聖句】
2019.08.23
【ヘブライ人への手紙】
7:5 ところで、レビの子らの中で祭司の職を受ける者は、同じアブラハムの子孫であるにもかかわらず、彼らの兄弟である民から十分の一を取るように、律法によって命じられています。
7:6 それなのに、レビ族の血統以外の者が、アブラハムから十分の一を受け取って、約束を受けている者を祝福したのです。
7:7 さて、下の者が上の者から祝福を受けるのは、当然なことです。
7:8 更に、一方では、死ぬはずの人間が十分の一を受けているのですが、他方では、生きている者と証しされている者が、それを受けているのです。
7:9 そこで、言ってみれば、十分の一を受けるはずのレビですら、アブラハムを通して十分の一を納めたことになります。
7:10 なぜなら、メルキゼデクがアブラハムを出迎えたとき、レビはまだこの父の腰の中にいたからです。
7:11 ところで、もし、レビの系統の祭司制度によって、人が完全な状態に達することができたとすれば、・・というのは、民はその祭司制度に基づいて律法を与えられているのですから・・いったいどうして、アロンと同じような祭司ではなく、メルキゼデクと同じような別の祭司が立てられる必要があるでしょう。
7:12 祭司制度に変更があれば、律法にも必ず変更があるはずです。

7:13 このように言われている方は、だれも祭壇の奉仕に携わったことのない他の部族に属しておられます。
7:14 というのは、わたしたちの主がユダ族出身であることは明らかですが、この部族についてはモーセは、祭司に関することを何一つ述べていないからです。
7:15 このことは、メルキゼデクと同じような別の祭司が立てられたことによって、ますます明らかです。
7:16 この祭司は、肉の掟の律法によらず、朽ちることのない命の力によって立てられたのです。
7:17 なぜなら、「あなたこそ永遠に、メルキゼデクと同じような祭司である」と証しされているからです。
7:18 その結果、一方では、以前の掟が、その弱く無益なために廃止されました。・・
7:19 律法が何一つ完全なものにしなかったからです・・しかし、他方では、もっと優れた希望がもたらされました。わたしたちは、この希望によって神に近づくのです。

++++
ちょっとわかりにくい箇所です。
キリストはユダ族の出身でいわゆる祭司として選ばれたレビ族とは違うけれど、それには根拠も意味もあることだと伝えているのです。
アブラハムが祭司メルキゼデクに対して十分の一を捧げたことはレビ族とは違う新しい祭司、それまでのものとは違う役目をになった祭司が登場することを語っているのだというのです。
それまでの伝統的な祭司たちによっては本当の罪の赦しも人間解放ももたらされることはなかったのだ、もっと優れた祭司の登場が必要だったのだと教えられ、アブラハムでさえ十分の一を捧げた祭司メルキセデクと関連している存在こそ希望があるのだと語っています。
伝統に縛られて不自由になってしまっているユダヤ教への批判ともとれる言葉が書かれています。

+++

【箴言】

14:3 無知な者の口には傲慢の杖。知恵ある人の唇は自分を守る。
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知らず識らずのうちに「他者に対して自分の業績を大きめに語ったり、自慢話をはじめたり」してしまう傾向があるとすれば、自らの立ち位置を十分に理解しているとは言えないのかもしれません。
しかも、相手に対して「教えたがり屋」になり、結構上から目線での失礼な言葉が飛び出してしまったり しやすいものです。
教えてもらうことを喜びとし、新しい発見を喜びとして心におさめ、学ぶこと、喜びを感じ取ることに敏感でいたいものだと思います。

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