物臭牧師日記

物臭牧師の他愛ない日記を公開します。

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送葬式のメッセージは、故人に相応しいものをと思って準備をします。内木兄は、非常に真面目な方で、聖書の学びを始めた時(相手は、教会の壮年クリスチャン)に、ローマ人への手紙3章23節の「すべての人は罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができす。」というところに来た時に「神さま、そのとおりです。私は罪人です。どうしたよいでしょうか。」と心の中で叫んだと言うのです。クリスチャンになって50年ですが、こんな人は初めてでした。
 さて、闘病中の家族に私が与える助言は、時間を大切にしてこのような時でなければ話し合えないことを話しなさい。と言うことです。何時までも心に残るのは、ことばであると思うからです。良い会話ができれば、それが心に残る最良の思い出となるでしょう。
 しかし、一般的には「頑張って!」とか、「痛くないですか?」とか、どうでも良いような会話で終わってしまう人のほうが多いようですね。
 話は飛びますが、今年はモーツアルトの生誕250年、この天才音楽家の最後のことばは、さすがに作曲家らしい言葉でした。臨終の床についたときに付き添いの者に、自分の作曲した未発表の「鎮魂ミサ曲」を聴きたいといったそうです。そっして「私がこの曲を自分自身のために書いたことをお前に話さなかったかね?」と言って息を引き取ったと言われます。
 牧師である私たちの仲間の一人は、死後最初の主日礼拝に教会員に語りかけるメッセージをビデオ収録して召されたという牧師がいました。最後までプロフェッショナルに徹した素晴らしい生涯だと関心しました。
 さて自分はどうなるのかな?

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