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聖書は、人間が創造主の意図に背いた者であると教えています。おそらくこのことに反論できる人は、いないのではないでしょうか。確かに、私たち人間の歴史は、創造主の意図に沿った従順の道とは言えなかったからです。
生まれながらの人は、創造主と共に生活するよりも、自己中心の生活を好んで選択するのです。そこでは、神が人間をどれほど愛してくださっていようとも、その愛に応じるよりも、与えられた特権をいいことにして、乱用する欲望中心の生き方であり、被造物のよき管理者では飽き足らず、所有者の座に就こうとする罪人の本性が認められるからです。
ある人たちは、そんな人間の中から出てくる愛憎こそ「人間らしさ」と評しますが、それは失われた世界しか知らない痛ましい人間観でしかありません。創造主である神が、人間い賦与された真の人間性を知れば、今は傷つき損なわれてしまった尊厳の回復に努めてこそ、そこに「人間らしい」生活があるのです。神が、そのために救い主として、御子イエス・キリストを世に下さったことを感謝しようではありませんか。
ところで、人間の犯した罪とはどのようなものだったのかを、聖書を通じて順を追って学んでみましょう。
最初に、もの言う蛇が登場して、エバに話しかけることは、誰もがご存じのとおりです。神に仕える御使いたちの中の「明けの明星」(イザヤ14:12)と呼ばれる天使は、蛇の姿を装って語りかけたと言われています。
彼の動機は、「神の星々のはるか上に私の王座を上げ、いと高き方、神のようになろう。」(イザヤ14:13〜14)ということでした。彼もまた所有者になろうと言う野心を以てしまったのです。彼が蛇の姿を装ったのは、多分、アダムの支配下にあった動物の姿を装うことにより、自分の野心を覆い隠すことと、アダムとエバに油断を与えることを狙ったからでしょう。
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