|
昭和44年発刊した「上高地の大将」を再び読み返し、当時の自分とはまったく 違った感覚で蘇り読み耽ってしまった。 著者 「木村 殖(しげる)」 1905年(明治38年)堀金村多田井に生まれ、1927年(昭和2年)に外交官に なろうと決心し、普通文官の受験勉強のため父が管理人をしていた上高地に入った。 内野常次郎(常さん)に狩猟の指導を受け勉強に取り組んだが、次第に山の魅力に 散り付かれ、入山2年目には父に代わって冬小屋に閉じこもるように なってしまった。 1931年(昭和6年)庄吉小屋に住み、1933年(昭和8年)には帝国ホテルに 移り裏に木村小屋を建て大学山岳部の世話をしながら、戦前、戦後にかけて多くの 遭難救助に貢献した。 長野県遭難対策協議会北アルプス 南部救助部長を務め戦前、戦後にかけて 通算1400〜1500件の遭難を扱いました。 1969年(昭和44年)自伝「上高地の大将」を発刊しました。 昭和44年に今は亡き先輩が交通事故で入院していた私に この本を持ってきてくれてとても嬉しく蘇ってきた 裏表紙にある当時の大正池はこんな状況でした 平成21年5月13日の大正池
同じ場所辺りから撮影した写真です |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用




