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The imperial year (Kouki) 2672, Japan has the longest history as a ONE nation.
皇紀2672年、おめでとう御座います。
報恩報徳、あとから来るものの為に、今生きるものには各々天命が授けられているはずである。 ─────────────────────────────── 2012年2月11日(土) 「盛衰の原理」 ─────────────────────────────── 今日は建国記念日です。 建国記念日は、戦前は「紀元節」といわれ、 神武天皇(初代天皇)即位の日を 日本の紀元(歴史が始まる最初の日)とし、お祝いしていました。 神武天皇即位から、今年で2672年。 なぜこんなにも長く国の歴史が続いてきたのでしょうか──。 本日はシリーズ最新刊『小さな人生論5』に収録された 「盛衰の原理」をご紹介します。 ─────────────────────────────── 今年、日本は皇紀2672年である。 海に囲まれた小さな島国が、 さまざまな試練を経ながら高い民度と文化を備え、 今日まで発展してきたのはなぜだろうか。 そこに盛衰の原理のヒントがあるように思われる。 例えば、伊勢神宮では、 正殿をはじめ社殿のすべてを新たに造り替える式年遷宮が、 20年に1回行われてきた。 来年迎える式年遷宮は62回目になる。 今回の総工費は550億円。 うち220億円は民間からの志によると聞く。 第1回の式年遷宮が行われたのは持統天皇4年(690年)。 戦国時代に中断されたことはあったが、 以来1300年、この行事は連綿と続けられている。 伊勢神宮だけではない。 全国でその地にある神社が地域の人々によって大事に護持されている。 これは世界の驚異と言っていい。 渡部昇一氏に伺った話である。 氏は若い頃、ギリシャのスニオン半島を2週間ほど旅し、 ポセイドン神殿はじめ多くの遺跡を見た。 帰国後、石巻に行った印象が忘れられないという。 石巻には港を見下ろす丘に大きな神社がある。 その祭りを町を挙げて祝っていた。 海を見晴らす丘に海神を祀るのはギリシャも日本も同じだが、 ギリシャの神ははげ山の中の遺跡と化している。 しかし、日本の神は豊かな鎮守の森に包まれて社に鎮座し、 住民がこぞって祝っている。 「古代ギリシャ文化はもはや死んでしまったが、 古代日本文化はいまもまさに生きているのです」 この事実は何を物語るのか。 ギリシャ神話は有名だが、 神々の系譜は神話の中だけで完結、断絶し、いまにつながっていない。 これに対して日本は、 天照大神の系譜につながる万世一系の天皇という具体的な存在を軸に、 我われの先祖は目に見えないもの、人知を超えたものを畏敬し、尊崇する心を 2000年以上にわたって持ち続けてきた、ということである。 そしてこの民族の魂は今日もなお生き続けている、ということである。 目に見えないものへの畏敬、尊崇の念は、 自らを律し、慎む心を育んでいく。 「心だに誠の道にかなひなば祈らずとても神や守らむ」 という心的態度はこの国に住む人たちに共通した価値観となって定着した。 言い換えれば、私たちの先祖は「自反尽己(じはんじんこ)」に生きたのだ。 自反とは指を相手に向けるのではなく、自分に向ける。 すべてを自分の責任ととらえ、自分の全力を尽くすことである。 そういう精神風土を保ち続けたところに、この国の繁栄の因がある。 同時に忘れてならないのが、 我われの先祖が絶えず後から来る者のことを考え、 遠き慮の心を持ち続けたことだろう。 詩人の坂村真民さんはそういう先人の祈りを象徴するような詩を残している。 《あとから来る者のために 田畑を耕し 種を用意しておくのだ 山を 川を 海を きれいにしておくのだ ああ あとから来る者のために 苦労をし 我慢をし みなそれぞれの力を傾けるのだ あとからあとから続いてくる あの可愛い者たちのために みなそれぞれ自分にできる なにかをしてゆくのだ》 |
歴史
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当たり前のことですが、気づかされます。
■■ Japan On the Globe(707) ■■ 国際派日本人養成講座 ■■
国柄探訪: 農が引き出す自然の恵み
農業はカネでは計れない価値を自然から引き出す。 ■1.「このリンゴジュースを飲まないと」
NPO法人「農と自然の研究所」代表理事の宇根豊(うね・ゆたか)さんら一行が、2003(平成15)年にドイツのある村を訪れた時のことである。 訪れたリンゴ農家は、農産物のEU内の自由化でリンゴの価格が下がり、経営的に行き詰まっていた。そこでリンゴ・ジュースに加工して周辺の町々で販売を始めたところ、売れ行きが実にいいという。 「その理由が、あなたたちに分かるかな」と農家から質問をされて、宇根さんたちは、おいしいから、安全だから、などと思いついた答えを並べてみたが、返ってきた答えは意外なものだった。 「このリンゴジュースを飲まないと、あの村の美しい風景が荒れ果ててしまう」と言って、町の人たちは買ってくれるのだそうだ。 町の人々は週末にピクニックなどで農園を訪れ、息抜きをする。そこの美しい光景は、自分たちがリンゴジュースを飲むことによって支えているのだ、という誇りもあるだろう。 「農業はカネでは計れない価値を創り出す」というのが、宇根さんの主張である。 |
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今夏、教育基本法が改正されてから初の中学教科書採択が行われます。
子供たちに正しい歴史や国のあり方を教え、誇りある日本人として育てていくた めには、教科書採択は非常に重要です。 殆どの教科書には教育基本法を無視し、日本人のための教科書とはとても思えな い記述がたくさんあります。 今月は各地の自治体で教科書展示会が開催されており、アンケートが行われてい るようです(会場に問い合わせる必要があります)。 左翼勢力は組織的に動員をかけ、保守系教科書を採択しないようにする活動を展 開しているようです。 歴史・公民だけなく、地理も酷い有様です。台湾は中国領になっています。 皆様、お近くで開催されている教科書展示会に足を運んでください。開館時間は 平日の日中がほとんどなので、その時間帯に活動できる方に特にお願いいたします。 是非、正しい歴史を伝える教科書を採択するよう意見を投じてきてください。 *会場によって休刊日、開館時間、開催時期等が異なりますので、事前の電話で の問い合わせをおすすめします。 チャンネル桜でも教科書採択について解説がされています。 【藤岡信勝】民潭による「つくる会教科書」採択阻止運動の実態[桜H23/6/14] http://www.youtube.com/watch?v=O1V2ouJseSo ■アンケートの記入例 (例:帝国書院の歴史教科書について) 「211ページ 第二次世界大戦中、日米開戦のきっかけとなったハル・ノートに 触れていない。開戦の背景について生徒が知識を拡大させる機会を奪っており、 教育基本第2条第1号にそぐわない」 ■注意事項: ・自治体によっては今年が採択年ではない場合もあるようです。 ・アンケートを行っていない会場もあるとの情報がありますが、要望を出せばそ の場で置いてくれるとのこともあります。 アンケートを書くための参考資料などの詳細は以下のHPへ 〜愛国女性の集い〜 花時計 http://www.hanadokei2010.com/campaign_detail.php?campaign_no=7 都道府県が設置する教科書センター一覧 http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/center.htm |
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http://www.chichi.co.jp/monthly/images/201103pick4.jpg明治から大正にかけて疲弊した貧村を次々に復興させ「聖農」と言われた石川理紀之助。その苦難多き人生と実践の中から生まれた訓言は、現代人が人生をひらく上で示唆に富んでいる。理紀之助の人生、哲学を五代目子孫の石川紀行氏に語っていただいた。
私の先祖にあたる石川理紀之助は、村の経済が繁栄する指針を「経済のこと葉」として書き留めています。
・寝て居て人をおこすこと勿れ ・遠国のことを学ぶには先ず自国のことを知れ ・資金のみ力にして起こす産は破れ易し ・金満家の息子はおほく農家の義務をしらず ・経済は唯沢山に金銭を持つことにあらず ・勧業の良結果はおほく速成を要せざるにあり ・農家にして蓄財を望まば耕地に貸付けて利を取れ ・樹木は祖先より借りて子孫に返すものとしれ ・人力のみにて成就するものは永久の産にあらず ・子孫の繁栄を思はゞ草木を培養することを以て悟れ ・国の経済を考えて家の経済を行え ・豊年にも大凶作があり気をつけて見よ ・金銭はみだりに集むること易くしてよく使う事は難し ・僥倖(ぎょうこう)の利益は永久のたからにあらず 噛みしめるほどに時代を超えた普遍性があり、いまだけでなく未来をも見据えて改革に臨んだ理紀之助の生き方が甦ってきます。苦難の中で掴んだこれらの教えは、まさに人生や社会の運命をひらくための大切な道標であるといってよいかもしれません。
山田村の復興に当たっていた頃の興味深い逸話があります。
ある大雪の日、理紀之助はいつものように午前三時に板木を打ち鳴らしていました。(※理紀之助は毎日、朝一番に起床し、板木をカーンカーンと打ち鳴らして村民を起こしていた) それを見た妻のスワ子が問い掛けます。 「こういう日に板木を打っても誰にも聞こえないし、 起きて作業をする人はいませんよ」 理紀之助は言います。 「私は村人のためだけに板木を打つのではない。
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今年(平成23年)、日本は皇紀2671年である。
海に囲まれた小さな島国が、
さまざまな試練を経ながら高い民度と文化を備え、 今日まで発展してきたのはなぜだろうか。 そこに盛衰の原理のヒントがあるように思われる。 例えば、伊勢神宮では、正殿をはじめ 社殿のすべてを新たに造り替える式年遷宮が、 20年に1回行われてきた。 2年後に迎える式年遷宮は62回目になる。 今回の総工費は550億円。 うち220億円は民間からの志によると聞く。 第1回の式年遷宮が行われたのは 持統天皇4(690)年。 戦国時代に中断されたことはあったが、 以来千300年、この行事は連綿と続けられている。 伊勢神宮だけではない。 全国でその地にある神社が地域の人々によって 大事に護持されている。これは世界の驚異と言っていい。 渡部昇一氏に伺った話である。 氏は若い頃、ギリシャのスニオン半島を2週間ほど旅し、 ポセイドン神殿はじめ多くの遺跡を見た。 帰国後、石巻に行った印象が忘れられないという。 石巻には港を見下ろす丘に大きな神社がある。 その祭りを町を挙げて祝っていた。 海を見晴らす丘に海神を祀るのはギリシャも日本も同じだが、 ギリシャの神ははげ山の中の遺跡と化している。 しかし、日本の神は豊かな鎮守の森に包まれて社に鎮座し、 住民がこぞって祝っている。 「古代ギリシャ文化はもはや死んでしまったが、 古代日本文化はいまもまさに生きているのです」 この事実は何を物語るのか。 ギリシャ神話は有名だが、神々の系譜は神話の中だけで 完結、断絶し、いまに繋がっていない。 これに対して日本は、天照大神の系譜に繋がる 万世一系の天皇という具体的な存在を軸に、 我われの先祖は目に見えないもの、 人知を超えたものを畏敬し、尊崇する心を、 2000年以上にわたって持ち続けてきた、ということである。 そしてこの民族の魂は今日もなお生き続けている、 ということである。 目に見えないものへの畏敬、尊崇の念は、 自らを律し、慎む心を育んでいく。 「心だに誠の道にかなひなば祈らずとても神や守らむ」 という心的態度はこの国に住む人たちに 共通した価値観となって定着した。 言い換えれば、私たちの先祖は 「自反尽己(じはんじんこ)」に生きたのだ。 自反とは指を相手に向けるのではなく、自分に向ける。 すべてを自分の責任と捉え、自分の全力を尽くすことである。 そういう精神風土を保ち続けたところに、 この国の繁栄の因がある。 同時に忘れてならないのが、我々の先祖が 絶えず後から来る者のことを考え、 遠き慮の心を持ち続けたことだろう。 詩人の坂村真民さんは
そういう先人の祈りを象徴するような詩を残している。 あとから来る者のために 田畑を耕し 種を用意しておくのだ 山を 川を 海を きれいにしておくのだ ああ あとから来る者のために 苦労をし 我慢をし みなそれぞれの力を傾けるのだ あとからあとから続いてくる あの可愛い者たちのために みなそれぞれ自分にできる なにかをしてゆくのだ |



