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昔ながら3世代同居家族に、家族、日本崩壊を目論む日教組の無い町。
励まし、競い合う良き友、暖かく見守る教師、そして親の姿が目に浮かびます。 「学習塾のない学力日本一の町」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 千葉良一(ちば・りょういち=秋田県八峰町教育委員会教育長) 『致知』2011年7月号「致知随想」 ※肩書きは『致知』掲載当時のものです ………………………………………………………………………………………………… 秋田県の西北、白神山地の麓に位置する八峰町。 二〇〇八年十二月、当時の寺田典城秋田県知事(現参議院議員)は、 その年に実施された全国学力テストの 秋田県市町村別平均正答率を公表しました。 秋田県は小学六年、中学三年の成績が ともに全国トップクラスで、 人口約九千人の当町の小学六年生が 学力日本一と報道されました。 以来、日本各地はもちろん海外からの取材や 視察の申し込みが後を絶たず、 この現象はいまも続いており、五百件を超えました。 学習塾もない辺境の小さな町が なぜ日本一になれたのか。 教育長の私はよくこのような質問を受けます。 しかし、正直申し上げて理由は私にもよく分からないのです。 特別なことは何もありません。 当たり前のことを当たり前にやってきた。 そう答えるしかありませんが、 授業の様子を実際に見学された方々は一様に、 教師や子供たちの目の輝きに驚かれるようです。 日本一の話はともかくとして、 私たちの町には一つの自慢があります。 地域の人間関係がとてもよいのです。 三世代同居の家庭が多く、お年寄りは子供を、 子供はお年寄りを大切にする気風が根付いています。 それに学校や教師への地域の信頼があつく、 新聞で目にする給食費未納問題も モンスターペアレンツも不登校もゼロです。 自然豊かな環境の下、 いわば町ぐるみで子育てをしようという雰囲気が、 高い学力を育む土壌になってきたと いえるのではないでしょうか。 八峰町では戦後、教師育成の一環として 師範学校に進む若者に多くの補助金を出して 援助した時期がありましたが、 それくらい教育を大切にする歴史もまた 誇るべきものがあると思っています。 その土壌の上に、現在では教職員OBの学校活動への参加、 授業を聞くだけでなく子供同士がお互いに勉強を教え合う 「学び合い」、国際交流、少人数教育など いろいろな工夫改善を図っているところです。 学力の高さは、これらの相乗効果なのかもしれません。 子供たちの学力が高まると、 教師たちの志気も高まります。 町内の小学校三校と中学校二校の教師たちが 自主的に集まり、同じ課題に取り組む勉強会は どこよりも熱心ですし、それが高水準な授業内容を 維持する一つの要因となっています。 私の役割は、そういう教師たちが 授業や学級活動に思い切り専念できるよう 全力を挙げてバックアップすることです。 いま日本全国の教師は保護者の身勝手なクレーム、 過剰なマスコミ報道に常に神経を尖らせ、 心はすっかり萎縮してしまっています。 その結果、子供への指導がついつい及び腰になり、 プロ意識が薄れつつあるのが現状です。 私は当町の教師に絶対にそうなってほしくありません。 何か問題があれば教育長である私自身が 前面に出る覚悟で日々の仕事に臨んでいるのです。 私の名刺は少しユニークです。 表面に 「嬉しいときはいりません。 悲しいとき、悔しいときは悩んでいないで連絡ください」 と記し、裏面には携帯電話の番号とパソコン、 携帯電話のメールアドレスを公開して 二十四時間対応で受け付けています。 この名刺を教師や保護者などに配り、 万一の時にはいつでも駆けつけ、 自分の全責任で処理します。 代わりに、教師には授業、生活指導を含め 子供たちの教育に全身全霊を傾けていただく。 これが私の方針であり、 幸いにしてそれはうまくいっています。 ユニークといえば、私の経歴もそうかもしれません。 若い頃は郵便局に勤務し、 その後はNTTの営業の第一線で働きました。 夜討ち朝駆けで県内の事業所を回り、 コンピュータなど通信機器の販売で 大きな実績を挙げる猛烈セールスマンでした。 クレーム対応で夜中に現場に駆けつけることも 日常茶飯事でした。 こちらの誠意を示すことで、 クレームを寄せられたお客様を 強い味方にできることも覚えていきました。 その後、郵便局時代の先輩である町長から 声を掛けていただき、収入役、助役を経て 二〇〇六年に教育長を拝命しましたが、 サラリーマン時代に築いた コミュニケーション力や人脈、誠意、執念、眼力 といったものが、まったく未知の世界だった 教育の世界でここまで役立つとは思ってもいませんでした。 いま、二十四時間体制で保護者や教師、 子供たちの相談を受け付けていて、 何かあればすぐに出向くのも、 この時の経験と自信があるからです。 私のもとには、いろいろな相談が寄せられます。 複雑な家庭の事情を抱え、 人知れず苦悩する子供たちの話には特に胸が痛みます。 そういう子供たちが私と話をする中で 明るさを取り戻してくれる時、 私の目にはいつも涙が溢れています。 時には所構わず大泣きすることもあります。 彼らの成長ぶりを見るために、 学校を訪問するのは私の喜びの一つとなっているのです。 このような私の仕事が、 八峰町の学力向上にどこまで役立っているかは分かりません。 しかし、子供たち、そして伝統的土壌と教育環境を 全力を挙げて守り抜く覚悟があります。 幸いにして八峰町の学力は 現在も全国で高順位を維持していますが、 私はそれ以上にすべての子供たちが、 一人の例外なくいつも輝いていてくれることを望んでやみません。 「一人の子供を粗末にする時、 その教育(町)は光を失う」 手帳に大きく記した自らの信念を、 これからも貫いていきたいと思います。 |
学問
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少(わか)くして学べば壮にして為(な)すあり。
壮にして学べば老いて衰えず。 老いて学べば死して朽ちず。 (佐藤一斎 言志晩録) 若い者の怠(なま)けて勉学せぬ者を見る程不快なものはない。
ろくな者にならぬことは言うまでもないが、まあまあよほどのろくでなしでなければ それ相応の志くらいはあるものである。 壮年になると、もう学ばぬ、学ぼうとせぬ者が随分多い。 生活に逐(お)われてだんだん志まで失ってしまうのである。 そうすると案外老衰が早く来る。いわゆる若朽(じゃっきゅう)である。 能(よ)く学ぶ人は老来ますます妙である。ただし学は心性の学を肝腎(かんじん)とする。雑学では駄目である。 細井平洲(へいしゅう)も敬重した川越在の郷長老、奥貫(おくぬき)友山の歌に 「道を聞く夕に死すも可なりとの言葉にすがる老(おい)の日暮し」と。 |
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一、年頭まず自ら意気を新たにすべし 二、年頭古き悔恨(かいこん)を棄(す)つべし 三、年頭決然滞事(たいじ)を一掃すべし 四、年頭新たに一善事を発願(ほつがん)すべし 五、年頭新たに一佳書を読み始むべし |
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川口淳一郎
(宇宙航空研究開発機構「はやぶさ」プロジェクトマネージャ) 「はやぶさ」プロジェクトは、確かに我々には大ジャンプでした。
自然科学の分野に限らず、人文社会でも、 そういうハイリスク・ハイリターンの計画は 運に支配されるものだと思いますが、次の段階に進むためには同じことをなぞってばかりでなく、大ジャンプをしてみなければダメですよね。 そこで大事になるのは、やはり具体的で分かりやすい目標を共有していること。 「はやぶさ」でいえば、「ゴールは地球へのサンプルリターン」ということを全員一致で理解していた。これが大きかったと思います。
また、その上でどんな時でも私が最後まで目標をブレさずにいたのが良かったと思います。リーダーでしたからね。 それは闇雲に妄信するということではなく、状況を客観視して打つべき手を打っていく。誰よりもです。 だけどどんな状態であっても、「もうダメだ」とか「この辺で十分じゃないか」と思わず、最終ゴールを指し示すことが大事だったのではないかと思います。 そして、いい意見であれば立場にとらわれず、積極的に採用する土壌がチーム内にあったことも、チームの強さに繋がったかなと感じています。 (中略) 私はよく 「高い塔を建ててみなければ新しい水平線は見えない」 と申させていただくのですが、いまのレベルに安住して、足元を固めることばかりに一所懸命になっていたら、 絶対にその先にある地平線は見えません。 私たち「はやぶさ」プロジェクトも客観的に見れば成功するかどうかは未知数でした。まして途中ではいろんなトラブルがあって、帰って来られる可能性はものすごく低かったわけです。 失敗するかもしれない。途中で壊れてしまうかもしれない。 それでも前人未踏の境地に挑戦しようと発心し、一度やると決めたら挫けずに、ゴールを目指し続ける。それがこのプロジェクトを成し遂げられた要因ではないかと思います。 「未来」とは「未だ来ない」と書きます。未来は見えないわけです。その水平線の向こうの、見えないものを自分たちの手で見ようとする活動が未来をつくるのです。 この「はやぶさ」の挑戦を通して、先人の後を追うだけでなく、誰も成しえなかったことに挑戦する世界があることを、日本の若い人たちに伝えられたらと思っています。 日本文化と頑張る日本人を小馬鹿にした、子育ても含め全て中途半端な帰化仕分け人にはこれだけのことは言えまい。
れん(あ)ほうを、日本から叩き出せ!
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「中」というと、 相対するものを結んだその真ん中を 「中」というと考えるが、 それは「中」の一番幼稚な段階。 本当の「中」というのは 矛盾撞着(むじゅんどうちゃく)しているものを 解決して高いところへ進める ──これを「中」という。 |



