ポール岡田の「昨日・今日・明日」 :C'est la vie

2010年活動再開のGS出身ロック・ミュージシャン。フレンチ系エンタメ情報、60's、映画、スポーツ、etc。

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         Le03 Decembre 2013
 
 
 
1960代後半、約3年間ではあったが日本の音楽界に鮮烈な足跡を遺したグループサウンズ。
 
その雄ザ・タイガース44年ぶりのオリジナル・メンバー勢揃いによる復活コンサート
 
「ザ・タイガース2013」のコンサート・ツアーが12月に入りスタートした。
 
 
その初日は、12月3日の武道館。
 
当日、僕はアリーナ席の大半を埋める当時の小中高生女子ファンたちと共に、オーディエンスとなった。
 
イメージ 1

 
 
この夜のステージには、19672月に「僕のマリー」でのデビュー時と全く同じ5人のメンバー・・・・
 
Guitar&Vocalの加橋かつみ、BassVocalの岸部修(一徳)、Guitar&Vocalの森本太郎、
 
DrumsVocalの瞳みのる、そしてLead Vocalの沢田研二が、黒のマオカラー・スーツ姿で登場した。

 
 
そして、60年代GSのジャズ喫茶での演奏楽曲の中心だった洋楽のカバー曲一色の第1部がスタート。


オープニングは「Do You Love Me?」(Dave Clerk Fiveのカバー)〜「Satisfaction(Rolling Stones)・・・・・。

 
 
サポート・メンバーを全く起用しない、5人のメンバーだけの潔い良いライブ・パフォーマンスが、

アリーナ席のオーディエンスを最初からスタンディングに誘い込んだ。
 
 
つられてスタンディングでステージを観る僕の脳裏には、40数年前の彼らの姿がフラッシュ・バックした



 
 
 
僕がザ・タイガースのステージを観るのはこの日の武道館が2回目であったが、
 
彼らの出身地の京都市とは隣り合う滋賀県大津市出身である僕は、
 
京都で、デビュー前のファニーズ時代のパフォーマンスも観ていた。
 
 
 
初めての遭遇は、僕が大学受験を控えた高校3年生であった1965年の秋。
 
 
その頃、僕の家庭教師をしてくれていた大学生が、僕が学校でバンドをしていることを知り、息抜きの

ためだと言って母親には内緒で、連れて行ってくれた京都河原町近くのダンス・ホール「月世界」。
 
その店に、たまたま出演していたベンチャーズを演奏する高校生ぽい4人組バンド。
 
それが、岸部修、加橋かつみ、森本太郎、瞳みのる・・・のファニーズだった。

 
ヴォーカルはほとんどなく、その時は、唯一、ベースの岸部修が「朝日のあたる家」を歌っていたと思う。
 
全員がIVYファッションに身を包み、どこかクールな佇まいが印象に残った。
 
特に、フランツ・フリーデルに似た加橋かつみのグレーのポロシャツがオシャレだった記憶がある。

 
 
それ以来、「月世界」でファニーズは観ていないが、
 
同じ頃、知り合った友だち達と行った四条河原町のダンス・ホール「田園」には、

サンダースというバンドが、ハコ(ハウス・バンド)で出演していて、

どこかデカタンスな雰囲気が漂うVocalistが、なぜか強く印象に残った。

 
その時にテリー・スタッフォード(エルビスのそっくり)の「I’ll Touch A Star 星をつかもう」を歌った少年が、
 
沢田研二であったこと、彼がその数ヶ月後に「月世界」で見たファニーズに加入したことを、

随分と後で知った。

 
 
 
その1年後の66年の初夏。
 
僕は「月世界」通いが原因とは思いたくないが受験に失敗し、京都の予備校に通っていが、
 
親には内緒で、新しいバンドを結成していた。

 
そして、有名な楽器メイカーが主催するバンド・コンテストに出場し。オリジナル曲を演奏して優勝した。
 
 
僕らは勢いを得て、京都会館で行われた出場者数の多いアマチュア・バンド・コンテストにもエントリー。
 
その大会には、すでに京都では人気のあった5人組のファニーズ(沢田研二も加入)も出場して、

優勝候補と言われていたが、

僕らは当時としては珍しく英詩のオリジナル曲(作曲は同窓の長戸大幸)で挑んだ。
 
 
コンテストはファニーズが「Satisfaction」を演奏して優勝。
 
僕らは審査結果に納得できず、翌日、主催者に審査内容を問い合わせたりもした。
 
 
 
 
そして、その翌年67年の初め、テレビの歌番組でモンキーズの「恋の終列車Last Train to Clarksville 
 
を演奏するバンドを見て、京都のファニーズが渡辺プロからザ・タイガースとしてデビューすることを知った。

 
 
僕は、それ以後、タイガースが出演するテレビ番組を避けるようになった。
 
(多感な青春時代の青さである・・・・・)


 
 
 
そして、僕がザ・タイガースとしてのステージを最初に観たのは、一浪を経て大学に入学した翌年・・・
 
1968年の秋に大阪フェスティバル・ホールで行われた彼らのコンサートである。
 
実は、その時はタイガースのライブがお目当てというワケではなく、会場に行ったのだった。
 
 
 
その年の春、東京のあるプロダクションにスカウトされ、大学を休学して上京。
 
しかし、東京に行ってみると当初の魅力的な話と違い、契約後は辛い日々を余儀なくされていた。

 
そして、無理矢理、メンバーにされたバンドで、なぜか地元に近い大阪のライブ・ディスコ「B&B」に

3ヶ月間のハコ契約で出演させられていた。
 
 
その時に、たまたま客として来店した渡辺プロ所属の某GS67年デビュー)のメンバーと
 
マネージャーに気に入られ、店が終わって少し話をさせてほしいと伝言があった。
 
ステージを終えて、店近くの喫茶店でそのマネージャーとGSの主要メンバーと会ったが、
 
バンドのイメージを変えたいので、Vocalistとして来てくれないか?という話だった。
 
大阪のB&Bに出演していた時には、いくつかのバンドから誘いがあった。
 
僕自身は、現状から抜け出したいと考えていたので、誘いに乗りたい話もあったが、

交わしていた契約のために諦めていた。

 
渡辺プロのGSのメンバーは熱くバンドのことを語ってくれたが、

僕はそのGSのことを全く知らなかったので答えに困っていると、

翌日、タイガースのコンサートに出演するから、とにかく、大阪の会場に見に来てほしいと誘われた。

 
 
というわけで、僕はその翌日、フェスティバルホールの楽屋口に出向き、オープニング・アクトを努めた
 
デビュー間もないGS“アダムスGS”、そしてテレビで避けていたタイガースを二階席から観た。

 
 
その時、デビュー後1年半を過ぎていたタイガースはGSのトップに君臨していた。
 
スターとしてのオーラを放つ彼らを客席で観ながら、自分の不遇な状況も影響して、
 
僕の目には、複雑な涙がにじんだことを憶えている。
 
 
GSには数日後に、断りの電話を入れた。


 
 
 
その後の僕は、大阪のB&Bで誘ってくれた大阪のバンド(東京進出が決まっていた)に加入し、
 
キャンディーズという名前で、人気GSのひとつであったザ・カーナビーツと同じプロダクションに所属。
 
都内のジャズ喫茶でライブ活動を開始した。
 
 
そして、カーナビーツのVocalist臼井敬吉の脱退により、

695月に僕はカーナビーツに加入することになる。
 
しかし、残念なことに、その頃はGSブームも下火で、カーナビーツの人気も衰退を見せていた・・・・。
 
 
僕は約5ヶ月間在籍したカーナビーツが699月に解散した後、

ロック・ミュージカル”HAIR”の日本初公演のキャスト・オーディションを受け合格。

 
その年の始めに、タイガースを脱退していた加橋かつみ等と共に、

196912月から渋谷東横劇場の舞台に立つことになった。


 
しかし、その翌年、また大きな試練に遭遇するのであるが・・・・・・・。
 
 
 
 
 
 
ザ・タイガース2013のライブは、コンサーツ・ツアー初日ということもあって、
 
演奏などにご愛敬“な部分を見せながら、洋楽カバーの第1部を終えた。
 
そのセット・リストは、僕が予想していた通り、Rolling Stonesのカバーが最も多く4曲。
 
それに続いて、BeatlesBee Geesの2曲。その他は1曲づつという構成だった。
 
 
普段、加橋かつみとは彼のライブで共演しているので、聞き慣れてはいるが、
 
彼のBee Geesカバー曲「Joke」と「Holiday」のヴォーカルは、その中でも輝いていた。
 
 
 
休憩後の第2部は、白のマオカラー・スーツに身を包んでオリジナル曲オンパレードというセット・リスト。
 
 
 
デビュー曲「僕のマリー」を始め、「落ち葉の物語」、「廃墟の鳩」、「モナリザの微笑み」、 「銀河のロマンス」、
 
「青い鳥」、「君だけに愛を」、「花の首飾り」、「シーサイド・バウンド」など、僕自身も加橋かつみによって
 
最近親しみを感じ始めたタイガースのヒット曲を次々と演奏し、満員の武道館を盛り上げていた。
 
 
そして、エンディングは、GSの定番エンド曲Herman'sHermitsの「I Understand」。
 
 
アンコールの最後には、80年代の「色つきの女でいてくれよ」も演奏された。
 
 
 
 
44年ぶりにオリジナル・メンバー勢揃いで復活した5人のザ・タイガース。
 
当時と比べ容姿の多少の変化と、ロックのエッジ感がやや丸みを帯びてはいたが、
 
元気に時間を飛び越えて、GSをアナログ風に真摯に再現してくれた。

 
 
 
ベテラン俳優として、映画やCMでは孫と遊ぶ好々爺が似合う岸部修だが、
 
タイガースのステージでは佇まいも、ベースのプレイも。とてもクールな “のっぽのサリー
 
 
リズム・ギター、曲によってはリード・ギターを担当し、「モナリザの微笑み」では見事なハーモニカも披露した
 
サッカーで例えれば頼りになるボランチに徹した感の森本太郎。
 
 
容姿も動きも一番若々しく見えたドラム担当の瞳みのるは、最もテンションが高く、

時折、暴走気味ではあったが、愛らしいピー“は健在だった。

 
何度もエレガントに手を振り、登場した時から最もタイガースらしい雰囲気を漂わせていた加橋かつみは、
 
エピフォン・カジノのギターだけではなく、あの澄んだ甘いソロ・ヴォーカルと、ハイトーンのコーラスで、
 
タイガースに欠かすことの出来ない重要な成分であることを実証。
 
 
そして、タイガースのアイコンである沢田研二は、当時とは変化のある自ら容姿を自虐的な笑いに変えて
 
会場を和やかな空気で包み、タイガースを楽しんでいたように思えた。

正直、京都の田園で初めて見た少年の面影は薄くしか感じられないが、

第2部のオリジナル曲を歌い出した瞬間から、
 
これがオンリーワンのジュリー、オンリーワンのタイガースのヴォーカルだと、誰もが納得したに違いない。
 
 
 

60年代、なぜかタイガースから目を背けていた少年だった僕。 
 

この夜の武道館で、僕は初めて、“ザ・タイガースのライブを心から楽しむことができた・・・・・。




僕も明日から、自分しかできないパフォーマンスを目指して進みたいと思う。






ザ・タイガース 2013 ツアーは、12月27日の東京ドームまで続く。


 12月 8日 長崎ブリックホール
 
 12月10日 福岡サンパレス 

 12月13日 名古屋センチュリーホール 

 12月17日 京セラドーム大阪 

 12月20日 仙台サンプラザ 

 12月22日 札幌ニトリ文化ホール 

 12月27日 東京ドーム

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閉じる コメント(15)

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ポールサンのタイガース、かつみサンへの思い。伝わります…♪
武道館のかつみサンはいつもとは全く違って輝いてて、楽しそうでしたね!
夢のようなステージでした!
ちなみに私もアリーナ席でしたが、当時は小学生です(^o^;) 削除

2013/12/9(月) 午後 10:26 [ れもん☆ ] 返信する

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れもん☆さん

失礼しました。
「アリーナ席には当時の小中高生女子たち・・・」に修正ですね。
かつみはホントに楽しそうでした。
ステージの四方に向かって手を振っていたのが印象的でした。

2013/12/9(月) 午後 11:02 [ PAUL ] 返信する

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nnさん

メッセージありがとうございます。
コンテストで同じステージに立ったのは事実ですが、それをファニーズと共演と
いうのかは微妙ですが・・・・。(笑)
拙著「HAIR1969 輝きの瞬間」をお読みいただき、加橋かつみ、GSのことにも興味
をもたれた由、とても嬉しいです。

2013/12/10(火) 午前 7:48 [ PAUL ] 返信する

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ポールさん、お怪我の方いかがですか?

最近になって「HAIR1969 輝きの瞬間」読みました。そして昨日 タイガースのチケット(東京ドーム)とれました←行かなきゃ絶対後悔すると思い・・・。当時を知らない(赤ん坊だった)ので 出遅れた感?!がありますが 今の かつみさんを目に焼き付けてこようと思います。 そして ライブで輝くポールさんも いつも楽しみにしています。
追記。。。お会いした時に、もしよかったら 本にサインしていただけますか?!

2013/12/10(火) 午後 1:43 [ ] 返信する

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ポールさん

こんにちは!
日本武道館のザ・タイガースの復活コンサートの詳細と昔のお話有難うございました。いろいろ岐路が有るんですね。人との出会いもですよね。

私は27日の東京ドームのチケットを先行予約で購入しましたが、未だに届かず少々不安でいます。
でも、ポールさんの内容説明で待ち遠しさが倍増!
ポールさんのライブでの素敵なかつみさんとは別のかつみさんも楽しみです。

刺激を受けられたポールさんの来年のパフォーマンスを楽しみにしていま〜す。
因みにポールさんの容姿は何十年経ってもは殆どお変わりないのでは。。。
ヘアスタイルの違い位でしょうか?

2013/12/10(火) 午後 1:51 [ myk ] 返信する

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月さん

拙著「HAIR1969」をお読みいただきありがとうございました。
サインはもちろんデス!
東京ドームでのタイガース2013、楽しんでください。

2013/12/10(火) 午後 3:56 [ PAUL ] 返信する

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mykさん

チケットは大丈夫でしょう!
東京ドームでタイガースを楽しんでください。
エイジングは自然界の摂理です。僕も当然の変化は感じています。
でも、肉体と精神の両面で必死に抵抗したいと思っています。

2013/12/10(火) 午後 4:05 [ PAUL ] 返信する

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福岡のコンサート、圧巻でした。楽しかった。
77歳までがんばるっていってるし、これからのジュリーが
とても楽しみ。東京の公演にもいってみたい。
ジュリーのコンサートがあるから、仕事とかがんばろうとなってるし、ジュリー、ありがとう!! 削除

2013/12/13(金) 午後 0:29 [ ひろ ] 返信する

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ひろ さん

福岡のザ・タイガース2013公演観覧レポーtありがとうございました。

2013/12/13(金) 午後 4:12 [ PAUL ] 返信する

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お久し振りです。あの日、僕も武道館のアリーナにいました。タローさんの正面あたりの席で、近くにライブハウスでお目にかかる方が何人かいましたが、ポールさんにはお会いしませんでしたね。
あの夜は本当にザ・タイガースの加橋かつみでしたね。5人の仲間に戻れたことが嬉しくて、それがいつも以上に声に優しさとつやを感じさせていました。ソロの曲もよかったし、ジュリーとの「忘れかけた子守唄」、多分ライブで初めてリードギターを弾いたワウワウ付の「美しき愛の掟」など想定以上のステージに大満足でした。来年はオープニングは「傷だらけのアイドル」「ヒューマンルネッサンス」のB面の6曲連続をリクエストしてみようかと、勝手に期待と希望が盛り上がりました。
今回ご披露して頂いた関西時代からのお話もとても興味深く読みました。ポロシャツはグレーだったんですね。現在のポールさんと一緒のステージがあるからこそ、かつみさんもタイガースの楽曲に入り易かったと思います。来年もお二人のステージ、ヘアーのライブ復活も含めて、ますますご活躍をよろしくお願いいたします。 LTSI2010

2013/12/15(日) 午後 2:27 [ onc*lo*y20*610* ] 返信する

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LTSI2010さn

お久しぶりです。メッセージありがとうございます。
武道館での僕の席は、加橋かつみと沢田研二の中間延長線上でした。
京都時代のファニーズのことが長く記憶に残っているのは、その瞬間に僕を刺激する何か他と違う強い空気の流れがあったのだと思います。
かつみのシックなポロシャツもそうでしょうね・・・。

2013/12/15(日) 午後 5:31 [ PAUL ] 返信する

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PAULさん

コンテストの結果がまっとうだったら、今ごろは大スターで、コメントなんかできなかったかも?(それもサビシイ)
英詩のオリジナル・・・インテリバンドですね。

ザ・タイガースがデビューした時、6歳でした。初めからトッポさんのファンで、だから脱退と共に終了・・・・
明日は、童女に戻ってゴーバウンドしてきます。 削除

2013/12/16(月) 午前 7:40 [ アン ] 返信する

アンさん

Rockは英詞でなきゃと思い込んでいた生意気な学生バンドが、中学英語を駆使して作っような稚拙な楽曲だったと思います。
タイガース、思いっきり楽しんでください。身体を壊さない程度に。

2013/12/16(月) 午後 1:18 [ PAUL ] 返信する

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ソロのコンサートでは、上着を脱ぐのに、タイガースのコンサート(福岡)では、ちゃんと、ジュリー最後まで衣装をきていました。
衣装もメンバーが考えたとか。 削除

2013/12/17(火) 午後 7:57 [ hiromi ] 返信する

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hiromiさん

福岡のリポートありがとうございます。
黒と白のマオスーツは加橋かつみ主導のスタイリングかもしれませんね・・・。

2013/12/17(火) 午後 9:21 [ PAUL ] 返信する

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