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5年前のあの日、私はアメリカにいました。
いつもと変わりない朝を迎え、いつものようにESLに行くための準備をし、
さて、これから家を出ようという時でした。
(ESL=English as a Second Languageの略、英語を母国語としない人のための英語教室です。)
「今日は外に出ないでうちにいて!よくわからないけど、大変なことが起きてる!」
会社に出かけた夫からの電話で慌ててテレビをつけてみると、
70以上あるチャンネルのうちのほとんどが、NYで起きたあの衝撃的なシーンを映し出していました。
ニュース番組を理解できるほどの英語力のない私、まさかテロだなんて考えもなく、
でも大都市に危険な何かが起こり得るということだけを察知して、
急遽その日のESLは休むことにしました。
仲良しだったチャイニーズのお友達に急いで電話をし、
今日は家にいた方がベターだと、お互いに気遣いの言葉をかけ合って電話を切りました。
当時住んでいたのはアリゾナ州。
フェニックスはアメリカの中では近代的で裕福な人も多い街です。
NYからは程遠い場所だけど、空港も近くにあるし、その日1日は緊張感が漂っていました。
私には直接的な被害はありませんでしたが、やはり受けた影響は大きかったです。
実はその2週間前、夏休みを利用してNYに旅行していました。
もちろんツインタワー近くにも行っています。
もうちょっと時期がずれていたかと思うと、今でもぞっとします。
テロの後に何度か飛行機に乗る機会がありましたが、
そのたびに厳しい荷物チェックを受け、ある時には履いていた靴まで脱がされたこともありました。
空港内には大きな銃を抱え、迷彩色の服を着た軍人が歩き回り、
かなりぴりぴりしたムードだったのを覚えています。
5年経った今、ここ日本では当時の事件についての記憶が薄れつつありますが、
テロとの戦いは今も終わっていません。
多くの犠牲者・その遺族たちの悲しみはずっと消えることはありません。
先月アメリカに出張し、今月もまた出かけるという夫。
今もなお空港では細かい荷物の制限があったりと、テロの危険に脅かされていることを痛感します。
出張の度に、毎回どうか何も起きませんようにと祈っています。
私にとってあの日の出来事は他人事ではなく、毎年この日になると何か深く考えさせられます。
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