邦文堂ブログ

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市川大門町並みウォチングの脚本


9月20日(土)午後2時から増穂町の「峡南の歴史と文化を学ぶ会」の依頼を受け市川マップの会で市川代官所界隈を案内しました。
 94名の参加でしたので2コースに分かれ
Aグループ「ゆったりコース」で町屋探訪が中心。Bグループグループは「はりきりコース」で平塩岡の歴史探訪です。
「峡南の歴史と文化を学ぶ会」は、会長が元増穂町長の田中隼人さんで、共催は富士川ファンクラブ、後援は増穂町教育委員会・商工会・峡南青年会議所・社会教育の会峡南支部。事務局が六斎という増穂町の勉強会です。
今年は市川代官所を中心としたことを学んでいます。30代から80代までの勉強熱心な方々で市川の方も多く参加していることに驚かされました。
今回の解説はAコース村松正人さんで、Bコース一瀬八重子で案内しました。また、丹沢勝さんが現地に代官所の模型を展示し、かつてあった場所を確認する方式をとり、道祖神の詳しい解説もしました。また、市川三郷町役場から2名の方々が協力してくださり、
大所帯の移動でしたが、無事終了でき、参加者の方々から感謝の言葉を頂けました。
これからは、いろいろな方々から依頼された時に対応できるように、案内人の充実を図ることが大切だろうと痛感しました。脚本を元に勉強会を重ね解説者を育成することが求められています。
脚本の一部を紹介します。〔平塩寺跡地〕このように夢窓国師が少年時代、このお寺で修
行なさっています。このような由緒あるお寺でありながら、何時、如何なる理由で廃寺になったのか確かでありません。しかし三昧堂、薬師堂は、廃寺になってもあったようです。薬師堂は、天正十年(一五八二)、甲府太田町一蓮寺へ売られたと記録にあります。その頃の里謡に「妻が欲しくは一条へござれ、一じょやくしはつま薬師」と、古跡の廃するのを歎き諷したそうです。

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