邦文堂ブログ

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 12月20日(日)東京・両国・本所松坂町・吉良邸前に8名の赤穂浪士が集いました。螢螢魁湿硝楡賁魁ε豕三幸商会森上社長・群馬オオタヤ都丸社長・私と奥さんたちです。赤穂浪士が本懐を遂げ吉良邸から亡君、浅野内匠頭の墓前に詣でるため高輪泉岳寺まで凱旋した道、11劼鯤發ました。いつも先頭は松本専務で気分は大石内蔵助の「おのおの方・・」でありました。吉良邸から隅田川沿いに南進し御船蔵裏を抜け、永代橋で隅田川を渡り、八丁堀・稲荷橋・旧赤穂藩邸前・汐留橋・金杉橋を通り泉岳寺に達したとされています。資料を片手に忠実に歩きました。現在では水路の埋め立てや道路の開設・橋の架替えなどにより、大きく変化していますが、一部には凱旋した道を知るために参考となるものを大切に保存してあります。読売新聞社を隅田川沿いに見る景観はすばらしく、「隅田川テラス」と呼ばれ隅田川の滔々とした流れと整備された散策コースはお勧めです。両国と言えば大相撲、春日野部屋の前を通り若い見習い衆が部屋の前で掃除をしているのに出会いました。太鼓の音が聞こえそうです。両国橋は当時より上流に移動していますが、現在の橋の東詰めにある両国橋児童遊園には、大高源吾の作とされる句の石碑が建てられています。浪士一行は永台橋を渡り汐留橋に向かい、途中、鉄砲洲では旧赤穂藩邸に立ち寄っています。現在は聖路加看護大学の敷地内で「都旧跡 浅野内匠頭邸跡」の碑があり、そこで主君への「本願成就」の報告がなされたと言われています。この後、われわれ一行は、この企画をして頂いた森上ご夫妻の勧めで昼食に、築地場外の「築地すし一番」で一息いれました。本まぐろの大とろに家内は大喜びでした。泉岳寺では浅野内匠頭の墓をはじめ四十七士の墓にそれぞれ線香を供えました。「武士道」が無縁となり、理解されなくなった現在、元禄の四十七士の思いと「義士」の精神は今日も泉岳寺の絶えない線香の煙の中に息づいています。11劼粒旋を成し遂げた一行は、東京タワーのお隣に広がる日本庭園「とうふ屋・うかい」で祝杯を挙げ、四十七士を偲びました

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