邦文堂ブログ

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 2月6日(日)奈良・新薬師寺に行ってきました。新薬師寺は、光明皇后が夫・聖武天皇の病気回復を願って天平19年(747)に創建されました。当時東大寺と共に南都十大寺の一つに数えられ四町四方の境内に七堂伽藍と東西二基の塔が建ち並び住する僧一千人もの大寺であったそうです。しかし、平安時代の落雷や台風で主なお堂を失ってしまいました。唯一残った建物が今の本堂です。清楚な佇まいの本堂、その中には薬師如来坐像が鎮座し、薬師様の守護に当たったと言われている十二体の夜叉大将がいました。
  薬師如来とは、自然界・太陽・月・水・土・空気・その現象が私たち一切の生あるものには尊い仏の姿であり、時には薬物のような働きをする、その働きに薬師如来と名づけ薬師如来像として信仰されているそうです。
素朴な本堂の外見からは中にいる勇敢な十二神将の像はとても想像できません。それぞれの武将が七千の眷属神(けんぞくじん)という将兵をもつ戦の大将で、八万四千という大軍団を率いているとされています。十二体が国の国宝として指定されています。十二神将は薬師様の周りに十二方に陣取りお守りしています。塑像(土をこねて造る)の素材を生かして顔面の筋肉の起伏がデリケートに表現されています。堂内のビデオでは、造立された当時の群青、緑、青,朱、金箔などで塗られた塑像が再現され、もののみごとな色彩で華麗な色合いで見る者すべての人を感動させます。ところどころに残るこれらの色彩は当時の「匠の技」を偲ぶことができました。十二神将は、えとの仏さまでもあるそうで、私も寅年の迷企羅(メキラ)大将の前でろうそくを立ててきました。左手を挙げ、右手は腰に当て、目を見開いた激しい怒りを表した怒涛の表情は奈良観光のポスターに使用されていて500円切手のデザインとしても有名だそうです。像高約159.5㎝国宝・天平時代と表札がありました。家内はうし年で招杜羅(ショウトラ)大将、左手に剣を持ち、右手は掌を開いて腰に当て、深く物思いに耽っている様子でありました。このように十二神将は、天平の今を現在に伝えていました。
 
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                                                             伐折羅(バサラ)
 

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