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二葉屋

 
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『 二 葉 屋 』
 

 今月は、二葉屋酒造を調べていただいた工学院後藤教授が、二葉屋のどこに価値を置いているかを紹介します。
市川大門では古くから数点の酒造店が存在していましたが、時代の変化にともない、そのほとんどが酒造業をやめ建物も取り壊してしまっています。そのなかで、現在、酒造業の店舗として使用していた建物は二件しか残っておらず、旧二葉屋酒造の店舗兼住宅はそのひとつとして貴重な存在といえます。
旧二葉屋酒造の店舗兼住宅の室内意匠は、黒柿の木をふんだんに使用し、違い棚の束を刳り抜きの彫刻状につくるなど、たいへん技巧を凝らしたもので、往時の地域の繁栄と地域の大工の技量の高さをうかがうことができます。
書家の中村不折が滞在し「二葉屋」「栴檀」の額字を書き飾られています。奥野家の墓標も中村不折の書によるものです。
石原慎太郎の「私の好きな日本人」で紹介された奥野肇氏の生家であり、石原慎太郎も若い時にこの家に数回訪れており、奥野肇氏の結婚式の写真にも慎太郎が写っています。「私の感性の扉を開いてくれた真のお師匠さん」と書かれています。
市川大門にある「平塩の岡」にある甲斐源氏旧跡碑を建てた郡長の依田孝の生家の地でもあり、江戸時代から酒造に使用した酒倉も現存します。
―二葉屋酒造に縁のある人物―高遠町図書館編集
中村不折     『中村不折』『書家中村不折』より
二葉屋に書家の中村不折が滞在し「二葉屋」「栴檀」の額字を書き、一階に飾られています。また、不折がパリに留学した時の石版画で二十四枚の内の十枚も展示してあります。
不折は明治二十年二十二歳の時、洋画家をめざして小山正太郎の画塾・不同舎の門を叩きます。その後、日本新聞社に入社して正岡子規と出会います。挿絵が評判となり名声をあげます。パリに留学後、解剖学的な人体表現を本格的に学び、作品にとりいれ独特な作風を作り出します。明治二十八年従軍記者として中国へ渡り書に魅せられ拓本・法帖による書の学習を開始し、書道会を凌駕するほどになって行きます。昭和九年太平洋美術学校の校長となり、昭和十二年帝国芸術院会員となります。洋画の他に、日本画と書の揮毫に没頭しています。新刊本の表題・挿し絵・各種の看板などの謝礼で、書道関係の貴重な資料の収集のため費やされました。その集積が書道博物館(現在の台東区立書道博物館)で国の重要文化財に指定されているものが十二点もあります。不折は画家としては特異な存在ともいえる、正岡子規、夏目漱石、森鷗外、高浜虚子など文人との交流がありました。
 
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