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『インカ帝国展』 マチュピチュ発見100年
 10月14日(日)山梨県立考古学博物館30周年を記念して開催されている「インカ帝国展・マチュピチュ発見100年」に行ってきました。1911年探検家ハイラム・ビンカム(アメリカ・映画「インディー・ジョーンズ」主人公のモデル)により、謎の「マチュピチュ」が発見されたそうです。この発見でインカ帝国の魅力が世界中に広がったそうです。空中都市とも称される「マチュピチュ」は一体何のために建設したのか?今なお神秘のベールを被っており魅力的な遺跡であると思いました。2008年に発掘された子どものミイラや女王のミイラと思われる遺物が展示されていました。展覧会では、考古学・人類学・歴史学など3つの視点からとらえたインカ帝国の全容が解り易く解説されていました。
 インカ帝国は15世紀から16世紀前半にかけ、繁栄したアンデス文明最後の国家で、彼らは文字を持たなかったため、全容は謎に包まれていたそうです。アンデス文明史上、最大の領地を持ち、北はコロンビア、エクアドル国境地帯から南はチリ中部にまで勢力を伸ばしていました。インカとは太陽(インティ)の子という意味で、本来は王のことを指しているそうです。また、インカ民俗は、自分たちの国を「タワンティスーユ(4っの部分)」と呼んでいました。13代の王が君臨したと伝えられているのですが、実在が推定できるのは第9代王バチャクティからで、最後の帝王アタワルバがスペイン人征服者に捕らえられ処刑されたことにより、大国家としてのインカは滅亡に向かい、悲劇の歴史が幕を閉じます。これまで一般的に、スペイン人により滅ぼされた後、インカは消滅したと考えられてきましたが、近年、歴史研究者たちは征服後も古都クスコに多くのインカ族の末裔が集住シテイタコトや、アンデスのさまざまな地域でインカがその姿形を変えながらも息づいていたことを指摘しています。また、会場にはインカをめぐる絵画や洋服・装飾品などの作品が展示され、その歴史的意味など紹介されていました。また、彼らが南北に長く位置する帝国を統治するために「インカ道(カバック・ニャン)」と呼ばれる道路網が整備され、ローマ街道をもしのぐインカ道の要所には、タンボ(宿駅)がもうけられ、税として徴収した豊かな物資を納める倉庫や行政センターが置かれたそうです。さらに王の命令は、キープ(結び目がついた網)と呼ばれる情報伝達器具をチャスキ(飛脚)がタンポを中継して走り、各地に伝えられたそうです。何よりも、このインカ帝国を象徴したシステムだと感じました。500年前のひとびとの息吹が伝わってくるようです。総点数約160点の多くが日本初公開だそうです。11月14日(水)まで開催しています。是非お出かけください。
 
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インカ帝国で使われた『キープ 結縄』
人民の統治必要な情報(総人口や兵士の数)などを文字の代わりに記録した当時の情報伝達ツール
 
 
 
= マチュピチュの様子 =
 
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今月号のために企画したラーメンアンケートの集計結果です!
 
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179人に聞きました
 おいしい! ラーメン屋さんベスト10
(↓画面右下の虫眼鏡をクリックすると拡大します。)
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