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五重の塔と富士山

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五重の塔と富士山
 
若い友達が結婚するので仲間と思い出づくりに富士山麓に行って来ました。中央道から見る富士山の山頂には雪が積もり、裾野がどこまでもなだらかで思わず「オー」と声が上がる山容です。金鳥居と富士山、富士急ハイランドと、紅葉と、せせらぎと、山茶花と富士山を満喫した後、結婚を控えた友達が、「五重の塔と富士山が見えるところって知ってる?」と、持ちかけました。もう3時過ぎになっていましたが、うろ覚えの友の道案内で探し当てました。富士急ハイランドの東から下吉田中学校の通りを下り、富士急行線の踏み切り渡らず、手前を左に曲がり線路沿いの道を行くと七五三の立て札がある冨士浅間神社があります。拝殿を左手にし、坂道を歩いていくと二百もあろうかという石段があります。もみじや桜の木葉が色づき、秋の趣が充分です。喘ぎながら着いた先に五重塔があり、そこからは雄大に裾野が広がる富士山が見えました。ちなみに石段の隣に
は道幅の狭い車道があり、五重の塔の下に
は数台が留まる駐車場もありました。富士山は世界遺産登録へとユネスコに推薦されています。桜の咲くころお出かけになってみてはいかがでしょうか。お勧めです。

 


ひとくちコラム・・・富士講 丸仙講
 平塩岡の正の木神社の奥に丸仙講の先達の名前が刻んだ石碑が並んでいます。丸仙講は天保年中始めにできた富士講です。年々富士登山を行い、山頂の浅間神社に詣で、冬至には祭事を行い、一年中の無病息災と五穀成就を祈願していました。この石碑は富士登山を行った方々が、前の先達を称えて造っていったものです。
市川は富士講が盛んで、丸仙講から分離した方々が大我講を作り、古城山に勧請しました。毎年富士登山の際、必ず忍野八湖を巡拝していました。大我講開祖友右衛門は、江戸末期にすたれゆく信仰をなげき、八海に八大竜王を祭り、八つの湖に竜王名と歌を刻んだ銘石碑を建立し、その再興を図ったと伝えられています。
 
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