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『常夜燈』 江戸の灯り 蘇る

2月15日に市川三郷町市川大門地区の中央通りから「ひや」を北に入った「秋葉の辻」で、「常夜燈」の除幕式が行われました。江戸時代に使われていた「常夜燈」(高さ約240センチ)が、当時のように復元されました。式典は四丁目の人々が中心となり、町民の新たなシンボルとして大切に伝承して行こうとされていました。また、「常夜燈」は火事を防ぐ火伏せの神を祀る現在の秋葉山本宮秋葉神社(浜松市)への信仰を示すもので、秋葉山本宮秋葉神社信仰は江戸時代(徳川綱吉)の治世の頃から日本全国で「火防(ひよけ)の神」「火伏せの神」として信仰を集めるようになり広く信仰されたと紹介されました。
「常夜燈」の本体部分は長さ約110センチ、幅約50センチの大きなものです。平成25年12月市川大門地区の「中央通り」の工事中、島屋宅前の側溝の当たりから出土し、平成26年1月には、本体部分を支える台座も見つかったそうです。近くの民家の庭に長年置かれたものを、笠の石として出土した竿の部分に組み合わせしたそうです。この発見された辺りに大きな鳥居があったと話す人もいました。出土した竿の部分には「常夜燈」や「秋葉大権現」「嘉永四年(1851)」とあり、土台には「三街比屋」の文字が刻まれていました。江戸の古文書には多くの火事の被害を詳しく書いてあります。特に天保6年(1835)には市川大門地区が9分通り燃えてしまったという「落合の大火」があり、ことさら「火防(ひよけ)の神」「火伏せの神」への信仰が集まった時であったのでしょう。
式典でのお話に、火事の多かった江戸のみならず信州など全国各地区の広い範囲の所から、参拝者が秋葉神社を示す秋葉大権現に参拝する「秋葉参り」が盛んだったこともあり、市川大門の人々が「秋葉参り」の出発地点として「常夜燈」を設置したのではないかと話していました。その話を聞いていた方が、静岡県・掛川市でも秋葉神社へ向かう街道では「秋葉山常夜燈」の灯篭が多くの信者のために70基もあるといっていました。
 
 
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