邦文堂ブログ

よろしくお願いします。

全体表示

[ リスト ]

イメージ 1

運  慶       
興福寺中金堂再建記念特別展

 11月23日(木)勤労感謝の日・東京国立博物館で興福寺中金堂再建記念特別展・「運慶」が開催され鑑賞してきました。
「運慶」と聞くと最初に東大寺南大門の金剛力士立像の製作者、また、夏目漱石の短編「夢十夜」の「第六夜」のなかに登場することを思い出します。「眉や鼻をみので創るのではなく、あの通りの眉や鼻が木の中に埋っているのを、のみと槌の力で掘り起こすまでだ。」と書いているのを覚えています。並みの人間でなく、何か超越した人物のような感じを持っていました。
 「運慶」が活躍した平安時代から鎌倉時代にかけては、まさに動乱の時代でした。治承4年(1180)に始まった源平の戦いは津々浦々に波及し、やがて政権は貴族から武士へと引き継がれてゆきます。このような時代の中で「運慶」は、平家の焼き討ちによって灰燼に帰した奈良の興福寺や東大寺の復興に尽力するとともに、貴族のみならず新興勢力である東国武士からの依頼を受け、仏像を制作したことが知られているそうです。「運慶」は奈良・京都に拠点を置いて仏師の工房を率いて多くの仏像をのこしました。今回の展示会は、「運慶」と深い興福寺の中金堂が約300年ぶりに再建されるのを記念して開催され、各地の名品を一堂に集め、展示されています。「運慶」の父「康慶」息子の「湛慶」「康弁」ら親子3代にわたる作品を通じて作風の樹立から次世代への承継をたどり、最新の学術研究の成果も盛り込まれています。これまでにない規模で、運慶芸術の真髄をたっぷりと堪能できます。「運慶」は生涯に多くの作品を造ったとみられますが、「運慶」作あるいはその可能性が高いと考えられているのは、31体との見方が一般的だそうです。それらは全国各地に分散し、各寺院等に所蔵され、門外不出のため、大規模な「運慶展」は実現しなかったそうですが、今回は、「運慶」と縁の深い奈良・興福寺の中金堂建設記念事業として企画されたため、京都、和歌山、愛知、静岡ほか各地で大切に守り継がれてきた作品も展示されていました。そのため、史上最大の「運慶展」と銘打っていました。
 ライトアップされた仏像群は、まるで本当に仏たちが目の前に迫ってくるかのような崇高さでした。造形力に裏打ちされた「運慶」の作品は、何百年も昔に創られたことを忘れさせる、生々しい表現で、無著菩薩立像は、生身の人間のような表情で、深い感銘を受けました。

この記事に

閉じる コメント(0)

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

.


みんなの更新記事