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智感版の『大般若経』

 『大般若経』は江戸時代に、村々や寺で正月をはじめ、祭りなどで転読されていました。その経典は、六百巻にも及ぶ大部で、版本や書写されていた。大月市の真蔵院に岩殿山圓通寺の勧進僧により1401年に摺写した『大般若経』が保存されています。この経典は関東で叛木が造られた智感版から五百巻摺写し、智感版(智感という僧が版木を制作した)の版木の仕上がりが間に合わず、501巻から600巻までは、近江国佐々木に行き『崇永版』を摺写しています。
 この智感版の版木は、関東で初めて『大般若経』の開版で、文和5年(1356)より応永17年(1410)かけて智感、法亀等により造られています。しかし『奈良県大般若経調査報告一』に智感版は春日版の刊記部分を取り替えたものだと発表されました。それに対し『山梨県史資料編六の中世三上』の「真蔵院本」P58に、智感版が春日版の刊記のみを替えたというなら、真蔵院にある経典は、開板が間に合わず、応永8年(1401)に近江国佐々木に行き摺写しているので、刊記だけの取り換えたなら、間に合わないような事態にはならない。智感版は長い間をかけて造られたものだと反論しています。
 刊記とは、経文以外のもので、何時誰によって造られたか、どのような目的、思いで制作したのかなどが書かれたものを指しますが、この智感版は、行間の所々に300名ほどの寄進者の名が記されています。
 また、智感版は、幾つか発見されていて、神奈川県鎌倉市の円覚寺にある経典が金沢文庫研究で研究されています。文安五年(1448)に堂司正瑞が摺写し長い間保存されています。
真蔵院と円覚寺にある経典を比べてみますと、真蔵院の経典の料紙は良質でやや厚手の楮紙(打紙)で、紙色はやや濃目の淡褐色で、縦27.5㎝、横11.5㎝、厚さ1㎝の折本で、その墨色には光沢があります。円覚寺の経典の形状はほとんど同じようで、縦28㎝横11㎝と5mm大きくなっています。
「金沢文庫研究」通巻81号に円覚寺の経典の巻252の終わりの部分の写真が掲載されています。真蔵院本の同巻と比較すると字の大きさ、字体、文面すべて同じであり、同じ版での摺写だと分かりました。版木が1448年と1399年の49年間摩耗が少なく保存されていたことを物語っています。
 『大般若経』は釈迦が悟りへ到達するための智慧を説いた経典で、玄奘三蔵がインドから請来し、唐の高宗の命により訳されたものです。仏教が文化の推進役を担っていた時代は長く、智感版が造られたこの時代もおなじで、大和地方でなく、関東でこのような文化的大事業がなされたことが証明できれば意義深いことでしょう。
 智感版の経典はまだまだ関東近辺にあると思いわれますので、発見が多くされ、智感版の発願主は足利尊氏で、義詮と基氏が継承していったのではないかとの説も特定されればと願っています。

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