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『小澤征爾の父・小澤開作』  世界平和を夢見て・・
 
 5月13日(日)「三珠総合福祉センター」に於いて歴史作家・江宮隆之氏の「世界平和を夢見て」*小澤征爾の父・開作の人生*と題して講演会がありました。
 江宮隆之氏は市川マップの会でも何度かご講演もいただいています。特に朝鮮半島において陶磁器を研究し朝鮮の地に骨を埋めた陶芸家・評論家「浅川巧」の生涯を描いた「白磁の人」は有名です。数年前、家内と一緒に朝鮮の浅川巧のお墓を案内していただきました。今回はこの鋭い歴史観をお持ちの先生に世界的に有名な小澤征爾の父・小澤開作氏の生い立ちをたどったものでした。
 開作氏は山梨県・旧高田村(現在の山梨県西八代郡市川三郷町高田)の村議会議員の新作の長男として1898年(明治31年)に生まれました。ちょうど今年2018年生誕120年という節目の年を迎えます。開作は24歳の年神戸港から満州に渡り長春(満州時代の新京)で歯科医を開業して成功しました。歯科病院を開きながら満州国建国の理念である「五族協和」の実現と「世界平和」いう理念に生きた「人類愛」の人物だったそうです。
満州事変から日華事変、さらには15年に渡る日中戦争などの事実を踏まえて、満州国こそが日本の軍部のスタート点と位置付ける研究者もいますが、開作の立場に立てば、満州事変と日中戦争とはまったく理念も性格も異なったもの、ということになるようです。この時期開作が真の「五族協和」「人類愛」の理想を抱いて満州、さらには北京で活動したそうです。
開作は「満州は現地のひと中心とした平和な独立国家にすべきものだ。」と訴え、無政府状態に近い満州でピストルもサーベルも持たず宣撫工作に奔走したそうです。植民地化に反対「満州青年連盟」の長春支部長として政治に介入するようになったそうです。そして、その思想が当時の陸軍大将 板垣征四郎(いたがきせいしろう)や、中将 石原莞爾(いしはらかんじ)らに同志として認められました。そして1935年(昭和10年)に生まれた三男に二人から一文字ずついただいて『征爾』とつけたのは有名な話だそうです。いわば「世界のマエストロ(芸術家)」は「満州国の申し子」ともいえる名をもらいました。
 開作氏は戦前満州の地で平和な独立国家の実現を目指した奔走した方ですので、アメリカがベトナム戦争の泥沼に入っていた時、満州国での経験をもとにその戦争を止めさせる方法を、ホワイトハウスへ出かけ、ロバート・ケネディに話したそうです。ロバート・ケネディが暗殺されず、開作氏との交流が続きいていれば「平和サミット」でも開催され、市川三郷町も歴史の1ページに足跡を残せたかもしれません。開作氏は郷土の誉れであります。
 江宮隆之先生が1.歴史小説を何冊か書いて賞も頂きましたが、小説を書くのには主人公が嫌いな人ではだめです。感情移入し、時代背景などしっかり把握して行く、そのような中で本当に書きたい人は数少ない。いつかは開作氏にチャレンジしたい。2地域や町が開作氏にもっと灯りを当ててゆく必要がある。このまま埋もれて、ただ単に「征爾」氏の父だけでは、その偉業にたいして申し訳なく思う。本日町民の方がお集まりいただいているが、何人の方が「開作氏」を存じ上げ尊敬の対象にしているか。3ワシントンでのロバート・ケネディとの出会いを重要な足跡として残すべきです。と話され「征爾」の弟さんも出席され挨拶をされました。
 偉大な町民の紹介に思いは満州にありました。

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