邦文堂ブログ

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「雨端硯本舗」 13代目雨宮弥兵衛

 5月24日に下部ホテルにて鰍沢法人会の総会後に「硯がおしえてくれたこと」と題して雨端硯本舗の13代目雨宮弥兵衛さんが講演しました。
雨畑硯は雨畑地域と富士川町の鬼島の2か所で造られて、雨宮先生は鬼島の方で制作されています。「雨端’」は商標だそうです。先生のご先祖が、身延山参詣の帰り早川の河原で黒一色の流石を拾い、それを硯にしたことから始まったと伝えられており、325年間続いているそうです。
雨畑で取れる石は、太古の時代、そこは海の底で堆積された地層に圧力がかかってできた粘板岩・ケツ岩です。硯に最適なのは、硬い石が万遍なく散らばっていることだそうです。
雨畑は江戸時代。金山がで栄え発掘作業が禁じられ、硯の原石を掘れない時期があり、川原で拾って造る時代もありました。
硯は手彫り、そして磨き、漆仕上げなどの工程でできるそうです。ツルツルでなく#400前後の万遍なく硬い流石が立っている状態にするそうで、長い間シンプルな形だったようです。そのため硯箱の方が贅を尽くしたものになったそうです。12代目の時にパリ万博など日本の工芸が注目を浴びオリジナルのものが創られたようです。先代は自然を題材とし、空白・間を取り込んだデザインが多かったようです。中国の硯には物語などの彫刻がいっぱいあるものが多く、どんどんプラスされていく傾向があるようです。先代は、中国のものとは違い、墨をする時には心を落ち着かせてできるようにと、余分なものをマイナス・引くようなデザインを心がけ、深みを出ることを目指したそうです。硯の中にその人の人柄が出るとも話されました。
 先生は、東京芸大の学生の時。個展を開いたそうですが、工芸よりファインアートに憧れた時期だったそうで、見た目は変わっているが、全体的にみるとみっともないものだったと回想されていました。今は、硯の持つ歴史を消化して、品格をもたせ、時代の新しい価値観をだし、精神的な深みをのせていくものを目指されているそうです。工芸=ファインアートだと感じているそうです。
 すごいことに先生は羽生善治・井上裕太氏が国民栄誉賞に輝いた記念品の七宝の硯箱に納めた硯を創られたそうです。
 講演後、先生の作品を持ってきてくださり見せてもらいましたが、横20㎝位、縦に15㎝の長方形で。中央部分に向けて指でなぞらなくては分からないようなゆるいカーブとなっていました。中央の上の部分だけに横5㎝位縦2㎝の深さ1㎝の溝が彫られていました。その溝だけに漆の黒が鮮やかに塗られていました。

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