徒然グッズ太郎

ご無沙汰でした〜。。無理せず自分の日常を淡々と綴って行こうと思います。

大阪近鉄バファローズ

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GTコレクションNo48 近鉄パールス(レプリカ帽)

プロ使用期間:
種別:私製レプリカ
製作メーカー:懐かしのオールドキャップ頒布会
ベースメーカー:同上
流通期間:
値段:
材質:綿
その他:
寸評:伝説の近鉄パールス赤縞帽。関根潤三さんが被っているオールスター時の写真が
   有名ですね。

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GTコレクションNo21 近鉄バファローズ(レプリカ帽)

プロ使用期間:
種別:私製レプリカ
製作メーカー:
ベースメーカー:ローリングス
流通期間:
値段:
材質:ポリエステル
その他:
寸評:70年代後期モデル。いわゆる「猛牛アーチ文字帽」の前モデルであり、75年に初の
   半期優勝を遂げた際に使用されていた。これはヤフオクに出品されていたもので、
   ローリングスのフルメッシュキャップがベースになっていてとても出来がヨロシイ。

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GTコレクションNo9 大阪近鉄バファローズ(レプリカ帽)

プロ使用期間:1996〜2004
種別:公式レプリカ
製作メーカー:中央帽子
ベースメーカー:同上
流通期間:?〜2004
値段:3000円前後
材質:ポリエステル
その他:ダブルのフルメッシュ
寸評:合皮の裏張りがあり、プロモデルと見紛う出来。
   このタイプは最末期の近鉄でしか見かけることはなかった。

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新連載です。

アサヒグラフという雑誌があります。(今もありましたかね?)

各チームの優勝記念増刊号(毎年出しているわけではなく、85年の阪神や
98年の横浜など、社会現象になった年だけのようですが)や、朝日だけに
高校野球関連の増刊号を発売していましたが、本誌のほうでもたびたび
(年に1、2度?)表紙に野球選手を起用しています。

そのすべてを把握しているわけではありませんが、
傾向を見てみると、朝日だからか?読売巨人やその影響下にあるセリーグ
よりもパリーグの選手や監督が表紙に登場する割合が多いようです。

なかには、ユニフォームマニアとしては「オオッ」と唸るような写真も多いのです。
で、それを紹介しつつ、ついでに自分のコレクションも披露しようかな。。。
とまあ、こういうわけでして。

記念すべき第一回は、近鉄バファローズです。
【昭和43年5/24号 表紙・三原脩監督】

この年から近鉄の采配を振るった知将・三原監督が身にまといしは、
1966年から1973年前期まで8年間使用された、「ドジャースタイプ」
ユニフォームです。昭和で云うと41年から48年までで、ちょうどほぼ巨人V9
に符号するといえば大体の時代背景が見えてくるでしょうか。

胸のロゴや、ラインのまったくないシンプルさが「ドジャース流」ということで、
当時球団側から広報発表があったとか。

「何度ロゴを見てもドジャースの面影は見えてこない」

とは、ユニ研究の大家・綱島理友氏の談。激しく同感します(笑

ちなみにこのロゴ、近鉄が大阪ドームへ移転するまで、あの伝説のラグランユニフォーム
にも代々受け継がれています。野茂のユニの胸には、ドジャースに行く前からドジャース
を参考にしたロゴが踊っていたわけですね。。。(だからどうしたと云われると困るけど。。)

さて、ドジャース型ですが、長い間採用されていた割には、
このユニフォームのカラー写真には、なかなかお目にかかれません。プロ野球の歴史本や
オールドタイマーコレクション的なBBMカードで鈴木啓示投手が着ているのと、
ドラフトの歴史本で太田幸司投手が入団発表の際に着用している写真ぐらいしか
見た記憶がありません。

当時の近鉄はまだ1度も優勝していない頃。三原魔術で阪急と優勝争いも経験してはいました
が、地下鉄軍団と揶揄された時代のチームカラーを引きずっていました。注目度が低いため
カラー写真があまりないのも無理はないかもしれません。

そういう意味で、このアサヒグラフは、本の版型も大きいし、ユニフォーム史的には
資料的な価値はかなりあるのではないでしょうか。
(ちなみにこれは僕の持ち物ではなく借り物画像ですけど。。)

右に写っている帽子は、先日ヤフオクで購入した個人作成の復刻帽です。
帽子本体の作りもしっかりしており、Bマークも非常に丁寧な刺繍。なかなか良い買い物
をしたなあ、、、と、毎日うっとり眺めております(曝 

ちなみに。
Bマークはオレンジではなく、あくまで柿色だそうです。
云われてみると確かに、ジャイアンツや昔のハムのオレンジとは違い、ちょっと
黄味かがった色をしているような気がします。

「ドジャース型」末期の1972年〜1973年の2年間は、柿色のツバに、天ボタン
も柿色になって多少カラフルになりました。
折りしも、各チームが本格的にユニフォームカラー化時代に突入し始めた頃。
「このままではあまりに地味すぎる」と判断したのでしょう(笑

1973年後期には、襟・袖・パンツのサイドに紺とオレンジによるダブルラインが導入
され、マイナーチェンジ。翌1974年に伝説の「両肩が真っ赤な」猛牛にふさわしい
ラグランスリーブユニが登場して、ドジャースユニは役目を終えたのです。

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まだまだ続く岡田阪神、ユニ変更ネタ。

デイリーの密着岡田ハワイレポ?のなかで気になる箇所が。。。


岡田監督と親交のあるデザイナーのコシノヒロコさんに、デザインを依頼することも
プランの一つ。もちろん伝統のタテジマ踏襲が前提となるが、よりカラフルなデザイン
になる可能性も出てきた。

ふっ、不吉な名前が出てきたなあ〜。もう〜。

コシノヒロコによるNEWデザインユニと云えばアンタ、あの素晴らしい藤井寺近鉄ユニを、
どっかの社会人チームみたいなダッセ〜ユニフォームに替えちゃった張本人ぢゃないのさ。
個人的には、真っ赤なビジターユニは嫌いじゃなかったんだけどさ〜。
(写真のユニは自分のモノではありません。残念ながら。)

コシノヒロコによるカラフルユニ

絶対ダセーって。やめときましょう、それだけは、岡田はん!!!

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