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写真: 終戦の詔書 1945.8.14 本記事は私の尊敬するブロガーの一人、木走正水様の友人であるkumarin様への返信を目的に書いたものです。議論の発端は木走様のブログ「木走日記」の6月10日の【「人間爆弾」桜花からの生還〜「出撃した日は、桜が満開でした」】のコメント欄から始まります。 「人間爆弾」桜花からの生還〜「出撃した日は、桜が満開でした」 http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20050610 福山さま。
摂津守様への苛立ちが少しご冷静さを失われていらっしゃいませんか?どうか僕のコメントを今一度お読み直しください。貴兄の今のご質問への答えは僕の前のコメントに含まれていると思います。歴史観が違うと先入観をお持ちになられていませんか? 今一度よくお読みになって頂ければ1)について経緯の細かな部分はともかく僕にはまったく福山さまのご質問に異論がないことがご理解頂けるのではないかと思うのですが。 大日本帝国陸海軍の無条件降伏と大日本帝国の無条件降伏のニュアンスの違いの駆け引きでアメリカは水面下の外交でも日本に勝利したのです。アメリカが大日本帝国の無条件降伏と同等の結果を得ている以上「無条件降伏ではない」と声高に主張することは神道ナショナリズムのルネッサンス以外に意味がないと僕は申し上げております。政治的関心から「無条件降伏」を云々するつもりはまったくありません。 むしろ僕が関心を持つのは摂津守様が述べられましたように『もともと「降伏」とは軍事用語であり、限定された意味で使用されました。』という点です。そこで英語にお詳しい福山様にお尋ねしたいのですが「surrender」という語が指示する概念はこの60年間不変だったのでしょうか?摂津様が述べらるようにニュアンスの変化はなかったのでしょうか。あるいはなぜわざわざ「of all Japanese armed forces」が付加されたのでしょうか?もし摂津様が述べらるように軍事用語であって、60年前もそうだとするならわざわざ「of all Japanese armed forces」が何故付加されたのでしょうか?文献学の方法論などではこのように単語の意味の微妙な変化を時間の流れの上で検討して、現代から見た習慣的な意味に拘泥せずにその時代に即した本来の意味をあぶり出していくのが正攻法です。それを複数の言語での翻訳テキストがあれば言語圏ごとの土着的、あるいは宗教的習慣なども考慮しながら検討します。そして普通だと思われていた歴史の常識はひっくりかえる。その目的はその結果を政治的に利用することではなく、むしろ政治的思惑を排除しより事実に近い歴史解釈をすすめることです。 近代史はまだ時間的に生々しくそうした方法は百家争鳴を引き起こすのですが、古代から中世にかけての事象はかなり多くの常識がひっくり返されました。例えばそうした手法で明らかにされてきた中国、朝鮮、日本に伝わる仏教思想は「時間」と「ことば」を軽視する点において仏教ではないという考え方も最近は多くの学者の支持を得るようになりました。 ******* -- 生きとし生けるものが幸せでありますように -- http://www.ndl.go.jp/constitution/e/etc/c06.html We call upon the government of Japan to proclaim now the unconditional surrender of all Japanese armed forces, and to provide proper and adequate assurances of their good faith in such action. The alternative for Japan is prompt and utter destruction.
大日本帝国は無条件降伏していなかったのか?kumarin様、 こんにちは。コメント、拝読致しました。場所を私のブログに移して返信すること、お許しください。 私の質問に異論がないということなのでkumarin様のポツダム宣言の読み方が今となっては、特殊な読み方であるとkumarin様も認識されていると理解しました。 「of all Japanese armed forces」があるから軍隊は無条件降伏したが、大日本帝国は無条件降伏していないと考えるのは無理があると思っていました。 しかしkumarin様の愛国心の強さに敬意を表し、もう一度私の考えを白紙にして調べてみたところ、確かに当時の大日本帝国政府はそのように都合良く勝手に解釈していたように私には思えました。 これは私の私見ですが、仮にkumarin様のポツダム宣言の読み方が当時の大日本帝国政府の読み方と同一でも大日本帝国は無条件でポツダム宣言を受諾し、アメリカ(連合国)に降伏したわけですから、大日本帝国は無条件降伏したというのが正しい歴史だと私は思います。 つまり「ニュアンスの違いの駆け引きでアメリカは水面下の外交でも日本に勝利したのです。」は誤りで、「都合良く勝手に解釈していた」と私は思います。 もちろん、私はkumarin様の大日本帝国は無条件降伏していなかったという歴史認識を一つの考え方としては、尊重致します。 実際の資料でもkumarin様の見解が通用する資料もありました。 ただ正直に言わせてもらえば、国際的な歴史として「大日本帝国は無条件降伏していない」という主張が通用するかは、かなり疑問を持っています。 今回私が調べた中では、以下の資料が一押しでしたので、紹介しておきます。
(これは私の意見を補強する目的で紹介するわけではありません。) http://www.ndl.go.jp/constitution/ronten/01ronten.html しかし私は「降伏」という意味が「60年間不変」だったとは思います。 また「unconditional surrender」がアメリカでは南北戦争で初めて使用された言葉というのは、正しいと思います。 先住民との戦いでは、そのような言葉は使用されなかったと思いますし、イギリスから独立した時も別にイギリスがアメリカに無条件で降伏したわけでは、ありません。 ですから、これは今回の論点として特に問題ではないと私は思います。 戦争をやっていたのは各国の軍隊同士だからだと思います。 軍隊が無条件降伏することを政府が無条件で認めたら、全体的に考えると政府も無条件降伏したというふうに考えられると思います。 摂津守様には申し訳ないとは思うのですが、私が摂津守様に何かを諭す立場にはありませんので止むを得ない判断でした。 (私とkumarin様が同じ歴史観を共有しているはずがないと思っています。) しかしそれが自然であり、無理に統一する方が良くないことだと思っています。 歴史観や思想などに多様性がある方が好ましい社会だと私は信じています。 もちろんkumarin様の返信次第では、また返信致しますが、長文で返信しなければいけない場合は、大幅に返信が遅れる可能性があることをご理解してください。 色々と忙しく、ちょっと今まで私にとってオーバーペースで書き込みをしてしまいました。 今回色々調べた資料の中では、以下の資料が面白かったので紹介したいと思います。 http://www.cia.gov/csi/monograph/4253605299/csi9810001.html それでは、また。 |
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2005年06月18日
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