希望と挫折を繰り返して

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祖母の想い出


いつか忘れてしまう日の為に祖母との思い出を記そうと思う。

私は母子家庭だったため、幼い頃は祖母と過ごす時間がほとんどだった。感冒になれば、近くの医院まで祖母におぶられて診療に行った事をよく覚えている。祖母は大往生で数年前に亡くなったが、子供8人、孫8人、ひ孫8人に恵まれた人生だった。人は必ず老いる物である。よく「歳は取りたくない」と言うが、果実が熟れやがてリキュールになるように、人生も熟成されるならば、それはすばらしい事であると思う。

老人になるという現実を私は祖母と過ごす事によって、認識させられた。祖母も老衰で体が不自由になってからは、老人ホームに入った。老人ホームという場所は、一度入ってしまうと着実に人生を消耗してしまうらしく、祖母も入所してからは急速に老いていったようだった。自分の生活の中で多くの時間を共有した人が、一歩一歩死に近づいていくという現実を、私は受け入れなければならなかった。そして、それは人間という物理現象で出来上がっている危うい肉のかたまりが、その様々な機能を失っていくという事実でもあったのだ。

その日、久しぶりにひとりでホームを訪れた。ホームのスタッフは、全ての人に子供を扱うような言葉遣いで接する。あれは慣れないとひどく違和感を感じる物である。私は、祖母の部屋まで行ってベッドに近づいた。祖母は布団から乾いた顔だけを露出させていた。そして、まだその生命力を持った瞳で虚空をみつめていた。その瞳がスローモーションのようにゆっくりと動き、僕を捕えた。
「わかるかい?」
「いや、、、、わからなぁい、、、」
その頃には、もう私の事はわからなくなっており、いちばんの世話役であった私の母の事も思い出したり忘れたりしていたのである。しかし、私は最近の報告や母の事、仕事の事などを祖母に話した。祖母は、その痴呆症にも関わらずしっかりと話しを聞き、相槌をつき、自分の意見も言っていた。
「歳をとるといろんな人に会えるねぇ」
「そうかい?よかったね」
「歳をとってから子供を作ると恥ずかしいから、早く子供をつくりなさいよぉ」
「、、、、(笑)」
祖母は、きっと悟りの境地にあったのかもしれない。痴呆症であり、日々寝ても覚めてもその境ががわからない夢うつつの中で、暴れる事も無く徘徊する事も無く他人の顔はもう解らないが、いつもニコニコと話しを聞き悟ったような台詞を言うかわいい祖母を見ていると、こんな風に人生を終えるなら悪くはないなと思ったりしたのだった。

そろそろ帰ろうと思い席を立つと急に祖母の目にみるみる力がもどってきた。
「、、、、たみちゃんかい?」
「わかるかい?」
「よくきたねぇ、、、よくきたねぇ」
私は、椅子に座り直し祖母の手を握った。祖母は、自分が今の今まで私を思い出せなかった事に混乱したような顔をしたが、すぐに機嫌を直したようで繰り返し「よくきたねぇ」と繰り返した。
「またくるよ」
「また来なさい」
そう言って祖母は、自分のワゴンを指差して中にある物を取ってほしいと言った。それは、ちり紙の中にきれいに畳んであった千円札3枚だった。そのお金は私の叔父叔母達、ようするに祖母の子供達が月々出し合っている祖母のお小遣いであった。お小遣いと言っても付きっきりの世話が無理なので何かのときの為においてあるお金であった。
「やるから、もっていきなさい」
「大事なお金じゃない、もらえないよ」
「いいからもっていきなさい」
議論してもしょうがないことは、わかっていたので後で母に返してもらおうと思い私はそのお金を受け取った。そして、もう一度祖母の手を握りホームを後にしたのであった。

その晩、母にその事を告げると「あんたのことわかったの」と驚いた。そして、そのお金を母に返すと受け取れないと言われた。
「それはお金じゃなくてばあちゃんの気持ちだよ。嬉しかったんだから渡したんだよ、もらっておきなさい。よっぽど嬉しかったんだねぇ、、、」
私は、そのお金を見つめながら祖母の顔を思い浮かべた。

その夜、私は布団に入り暗闇の中で祖母の事を考えた。そして、いずれ祖母と同じように老いていく母とそして同じく老いていく自分自信の事を思った。いまこの瞬間にも目に見えない速度で私たちは死に近づいているのだ。人生の終わりに祖母は、母は、そして私は、何を思うのだろう。暗闇の中で私はしばらく虚空を見つめていたが、その夜の闇はあまりにも濃密で、いつしか私は深い眠りについていた。そして、いつか見た遠い地平線を夢に見たのだった。(完)

書き終えて読み返してみると意識はしてなかったのに小説のようになってしまい、少し恥ずかしい気がします。写真は、北海道苫小牧の丸山展望台という所でとった樽前山を望む樹海です。

転載元転載元: 民生の日記

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