希望と挫折を繰り返して

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韓国のマンガの紹介

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このマンガは韓国のインターネット新聞の国際版「OhmyNews International」に掲載されていました。
 
 

Same Old Japan

Artist Sean Lee comments on the historical background to Japan's claims to the Dokdo islets
2005/4/18
Sean Lee
http://english.ohmynews.com/articleview/article_view.asp?menu=&no=221354&rel_no=1&back_url=
 
 
 

Scientific Research: A Whale of a Lie

Artist Sean Lee is dubious about Japanese claims that its whaling program has science on its side
2005/5/4
Sean Lee
http://english.ohmynews.com/articleview/article_view.asp?menu=&no=224554&rel_no=1&back_url=
 
 
 

When the Fox Toys With the Tiger

Artist Sean Lee thinks Japan's apologies to Korea for historical wrongdoings are insincere
2005/5/8
Sean Lee
http://english.ohmynews.com/articleview/article_view.asp?article_class=3&no=225075&rel_no=1

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このアニメ映画は、できれば多くの若い世代に見てもらえたらと思います。

 東京大空襲で母と2人の妹を失った作家高木敏子さん(72)がその経験をまとめた児童書「ガラスのうさぎ」が、初めてアニメ映画化されました。

 大空襲から60年を迎えた10日、高木さんや四分一(しぶいち)節子監督が都内で会見し、「戦争を知らない子どもたちに見てほしい」と呼びかけました。

 原作(金の星社)は77年に出版され、国内で210万部を超えるロングセラーに。実写映画やテレビドラマも制作され、英、独、中国など9か国語で翻訳出版されました。

 アニメ化について、高木さんは「思いが伝えられない」と断ってきたが、孫たちに「やっぱりアニメだよ」と言われて決心したそうです。「戦争で人を殺したり、殺されたりする時代に二度としないでほしい」と語られていました。

 アニメ映画「ガラスのうさぎ」(84分)では、女優の竹下景子さんが母親の声を演じています。シネ・リーブル池袋(豊島区)で5月14日公開。その他の映画館での予定や自主上映についての問い合わせは、下記製作委員会へ。

【お問い合せ】

 映画「ガラスのうさぎ」   製作委員会 事務局

 TEL/FAX:042-396-7815  e-mail:usagi@ggvp.net

HP http://www.ggvp.net/usagi/

製作発表会で原作者高木敏子さんの発言(2005年3月10日

60年前、東京大空襲で亡くなった母の遺体が見つからなくて父を責めた。一片の骨冴え見つからなかった。その父も二宮駅で亡くなり、死んだ後小田原で火葬するまで、電話も一本の薪も惜しい時代に多くの人が集まり薪を集め、運んでくれた二宮の人たちの人情は忘れることは出来ない。

「戦争」の2文字を起こさせてはならない。

  アニメションはきらいだった。過去3回アニメ化を断った。今回は孫の世代に分かる映画を作ってもらうならやっぱりアニメだよという孫の言葉が背中を押した。

  初めからすんなり行ったわけではなく、6回脚本直しをした。アニメ「ガラスのうさぎ」は良く出来た。良い映画だから皆さんも応援して欲しい。 アニメについて認識不足だった。

映画「ガラスのうさぎ」製作委員会のこの映画に関するコメントです。

●原作は世代をこえて読み継がれる、ロングセラーの映画化!

 「ガラスのうさぎ」は、戦争を知らない子ども達に戦争の悲惨さと恐ろしさ、平和と命の尊さを知ってほしいという願いから刊行され、27年間ロングセラーを続け、今日まで210万部を超えるベストセラーとして多くの人々の間で読み継がれている名作です。日本で広がった感動の輪が、海外でも多数翻訳出版され、世界へ大きく広がっています。また、出版と同時に多くのメデイアで制作され話題を呼びました。そして、今回は、終戦60周年記念作品として、2005年新春に装いも新たに「ガラスのうさぎ」がアニメーション映画として甦ります。

●平和の祈りを込めて・・・

 映画「ガラスのうさぎ」は、12歳の少女が戦争・東京大空襲下の体験を通して、戦争の本当の悲惨さや恐ろしさを知り、そして、その後の混乱と厳しい生活を生き抜きながら、平和への願いを渇望する感動の作品です。

 21世紀は平和の世紀として、世界の人々が豊かで自由な生活を願った世紀の始まりでした。しかし、2001年9月11日の同時多発テロに始まる平和の危機は、アフガニスタン、イラク戦争と続き、終結宣言のあとも尚、世界の国々を巻き込んで泥沼化しています。

 終戦から60年近くの歳月が経った日本では、戦争を知らない世代が多数を占めています。戦争体験が風化された今日だからこそ、戦争の悲惨さを伝え、平和の尊さを伝えてゆく願いを込めて映画は制作されます。

●全国ヒットの映画「もも子、かえるの歌がきこえるよ。」のスタッフが再結集!

 企画・製作は、「5等になりたい。」等、数々の名作を生み出してきた桂壮三郎。監督は「もも子、かえるの歌がきこえるよ。」で好評を得た四分一節子。音楽は、「阿修羅のごとく」「ゴジラ×モスラ×メカゴジラ東京SOS」等、映画・TVで活躍している大島ミチル。脚本は、小出一巳、末永光代が担当し、全国の話題をよんだ「もも子、かえるの歌がきこえるよ。」のスタッフが再度結集しました。

 物語はこんな感じ・・・・

太平洋戦争末期、東京下町に住む少女・敏子は敗戦色が濃く物資が欠乏した厳しい世の中で、家族とともに一生懸命生きていました。しかし、昭和20年3月10日の東京大空襲で、敏子は母と二人の妹を失ってしまいます。焼け跡から、空襲の猛火で形の変わったガラスのうさぎを堀り出した敏子は、戦争の恐ろしさを目の当たりにします。更に疎開の途中、駅で米軍機の機銃掃射を受け、父までも亡くなってしまいました。たったひとりになった敏子は、絶望の果てに死を見つめ深夜の海辺をさまよいますが、「私が死んだら、お父さん、お母さん、妹たちのお墓参りは誰がするの。私は生きなければ……」と孤独と悲しみの中で、心を奮い立たせるのでした……。

 終戦から60年の歳月が経とうとする日本では、戦争を知らない世代が多数を占めています。戦争体験が風化された今日、哀しいことにこの国では『平和』とか『反戦』という言葉は、すっかり色をあせ、ともすればその言葉を口にするだけで、イデオロギー論的な反論をされるような世相であります。

 しかし、戦争が悲惨であり平和が尊いものであることは、イデオロギーにも時の政治にも一切相関しない、いな、相関させてはいけない普遍性を有しているのではないかと、私は考えます。

 爆弾を落とす側の視点ではなく、落とされる側の視点で今一度、私達の国で起こった出来事に思いをめぐらすことは、このような時代だからこそ必要なのではないかと考えます。

 私は原作本でしか『ガラスのうさぎ』を読んでおりませんが、是非多くの人にこのアニメを見ていただきたいと願っています。




(木走まさみず)

<関連テキスト>

●3月10日〜どんよりとした東京の空を見上げながら







発 起 人
石坂啓(漫画家) 上原公子(国立市市長) 香山リカ(精神科医)
姜尚中(東京大学教授) 木村祐一(絵本作家) 小林カツ代(料理研究家)
小室等(ミュージシャン) 斎藤駿(カタログハウス社長) 佐高信(評論家)
椎名誠(作家) ピーコ(服飾評論家) 毛利子来(小児科医)
森永卓郎(経済アナリスト) 吉岡忍(ノンフィクション作家)
渡辺一枝(作家)/(50音順)

こんにちは。3月1日にスタートした『マガジン9条』です。憲法9条について、みんなで考えていこうという小さなWebサイトです。硬いことはいやだよ、って人たちに読んでもらいたいのです。『となり町戦争』という小説が話題になっています。ある日突然「公共事業としての戦争」が始まり、淡々と人が死んでいく。誰が何のために始めたのか、どのような経緯で始まったのか、結局分からないまま、ある日それは終わる。こんなことが、小説ではなく現実になる日が、もしかしたら----。 考えてみませんか。私たちと一緒に、憲法9条のことを。

戦争をしない。軍隊を持たない。それが憲法9条。日本はこの憲法9条によって、平和を守り続けてきました。しかし今、その9条を改定しようという声があがっています。9条を改定して「普通の国」になるということは、「武力を用いて戦争ができる国」になってしまうということ。それでいいのですか。『マガジン9条』は、9条のことをよく知らないという人、9条を変えてもいいんじゃないの、という人に、9条のことを知り、考えてもらうためのwebサイトです。九官鳥のキュウ子とキュウもよろしくお願いします。
2005年3月1日

http://www.magazine9.jp/index0.html


イラストや写真が豊富で、著名な人たちが9条について易しく解説しています。
是非行ってみてください。2005年3月1日創刊

転載元転載元: 月下のBASH

祖母の想い出


いつか忘れてしまう日の為に祖母との思い出を記そうと思う。

私は母子家庭だったため、幼い頃は祖母と過ごす時間がほとんどだった。感冒になれば、近くの医院まで祖母におぶられて診療に行った事をよく覚えている。祖母は大往生で数年前に亡くなったが、子供8人、孫8人、ひ孫8人に恵まれた人生だった。人は必ず老いる物である。よく「歳は取りたくない」と言うが、果実が熟れやがてリキュールになるように、人生も熟成されるならば、それはすばらしい事であると思う。

老人になるという現実を私は祖母と過ごす事によって、認識させられた。祖母も老衰で体が不自由になってからは、老人ホームに入った。老人ホームという場所は、一度入ってしまうと着実に人生を消耗してしまうらしく、祖母も入所してからは急速に老いていったようだった。自分の生活の中で多くの時間を共有した人が、一歩一歩死に近づいていくという現実を、私は受け入れなければならなかった。そして、それは人間という物理現象で出来上がっている危うい肉のかたまりが、その様々な機能を失っていくという事実でもあったのだ。

その日、久しぶりにひとりでホームを訪れた。ホームのスタッフは、全ての人に子供を扱うような言葉遣いで接する。あれは慣れないとひどく違和感を感じる物である。私は、祖母の部屋まで行ってベッドに近づいた。祖母は布団から乾いた顔だけを露出させていた。そして、まだその生命力を持った瞳で虚空をみつめていた。その瞳がスローモーションのようにゆっくりと動き、僕を捕えた。
「わかるかい?」
「いや、、、、わからなぁい、、、」
その頃には、もう私の事はわからなくなっており、いちばんの世話役であった私の母の事も思い出したり忘れたりしていたのである。しかし、私は最近の報告や母の事、仕事の事などを祖母に話した。祖母は、その痴呆症にも関わらずしっかりと話しを聞き、相槌をつき、自分の意見も言っていた。
「歳をとるといろんな人に会えるねぇ」
「そうかい?よかったね」
「歳をとってから子供を作ると恥ずかしいから、早く子供をつくりなさいよぉ」
「、、、、(笑)」
祖母は、きっと悟りの境地にあったのかもしれない。痴呆症であり、日々寝ても覚めてもその境ががわからない夢うつつの中で、暴れる事も無く徘徊する事も無く他人の顔はもう解らないが、いつもニコニコと話しを聞き悟ったような台詞を言うかわいい祖母を見ていると、こんな風に人生を終えるなら悪くはないなと思ったりしたのだった。

そろそろ帰ろうと思い席を立つと急に祖母の目にみるみる力がもどってきた。
「、、、、たみちゃんかい?」
「わかるかい?」
「よくきたねぇ、、、よくきたねぇ」
私は、椅子に座り直し祖母の手を握った。祖母は、自分が今の今まで私を思い出せなかった事に混乱したような顔をしたが、すぐに機嫌を直したようで繰り返し「よくきたねぇ」と繰り返した。
「またくるよ」
「また来なさい」
そう言って祖母は、自分のワゴンを指差して中にある物を取ってほしいと言った。それは、ちり紙の中にきれいに畳んであった千円札3枚だった。そのお金は私の叔父叔母達、ようするに祖母の子供達が月々出し合っている祖母のお小遣いであった。お小遣いと言っても付きっきりの世話が無理なので何かのときの為においてあるお金であった。
「やるから、もっていきなさい」
「大事なお金じゃない、もらえないよ」
「いいからもっていきなさい」
議論してもしょうがないことは、わかっていたので後で母に返してもらおうと思い私はそのお金を受け取った。そして、もう一度祖母の手を握りホームを後にしたのであった。

その晩、母にその事を告げると「あんたのことわかったの」と驚いた。そして、そのお金を母に返すと受け取れないと言われた。
「それはお金じゃなくてばあちゃんの気持ちだよ。嬉しかったんだから渡したんだよ、もらっておきなさい。よっぽど嬉しかったんだねぇ、、、」
私は、そのお金を見つめながら祖母の顔を思い浮かべた。

その夜、私は布団に入り暗闇の中で祖母の事を考えた。そして、いずれ祖母と同じように老いていく母とそして同じく老いていく自分自信の事を思った。いまこの瞬間にも目に見えない速度で私たちは死に近づいているのだ。人生の終わりに祖母は、母は、そして私は、何を思うのだろう。暗闇の中で私はしばらく虚空を見つめていたが、その夜の闇はあまりにも濃密で、いつしか私は深い眠りについていた。そして、いつか見た遠い地平線を夢に見たのだった。(完)

書き終えて読み返してみると意識はしてなかったのに小説のようになってしまい、少し恥ずかしい気がします。写真は、北海道苫小牧の丸山展望台という所でとった樽前山を望む樹海です。

転載元転載元: 民生の日記

皆様へ

皆様の多数のご意見、ご感想に心から感謝いたします。
私は皆様との共存共栄を第一に考えています。
そこで皆様のブログの記事で転載して欲しい記事があれば、当ブログで転載するスペースを用意しようと思います。
できるだけ多くの人に伝えたいこと、言いたいことがあれば、是非、遠慮せずに利用してください。
意見や主張だけでなく宣伝など何でもOKで協力したいと思います。
(「何でも」と言っても「全て何でも」ではありませんが…)
ご希望の方は、転載希望記事のURLをこの記事のコメント欄に表示してください。
できるだけ迅速に転載するよう努力します。

と書いてみましたが、どれだけの需要があるかは全く見当もつかないですね。
その他、気軽に何でもご意見、ご助言を寄せて頂きたいと思います。

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