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ここ数年間、ずっと検討してきた内容が・・・ 近年、博物館が活動のテーマに「戦争体験継承」や、「平和創造」を掲げるようになっている。では、それは具体的にどのような手法でなされており、博物館の機能をどのように用いて戦争や平和を表しているのか? 少ない思考回路をフル回転させ、時にはオーバーヒートさせながら考えてきたこの課題!お陰で体のリズムはガタガタに崩れましたが(笑) (実際は、理論的な部分を一生懸命検討しながらも、もっと個別具体的な事柄について考えていたんですけどね・・・) その辺を検討しないと、いくら「戦争体験の継承が必要だ!」「平和が大切だ!」「若い人や国外に原爆の恐ろしさが伝わらない!」と言ったところで、あまり意味がないように感じております… せっかくなんで、その触りの触りの部分だけを掲載してみようかと…(全部載せるとブログの容量がきっとパンクしてしまう) 以下、研究の概要(一部)σ(・_・) 本稿では平和のための博物館(Museums for peace through peaceful means)でなされる展示について検討を行っている。 近年の博物館に関する研究をふまえると、博物館の展示とそこに映し出される価値観は社会的に構築されていくものであり、社会的‐政治的な状況のもと決定していくものとされる。同様に、博物館で扱われる平和へのメッセージも送り手である主体の意図や社会状況によって大きく影響を受け、変化している。 具体的検討事例として2005年にリニューアルした立命館大学国際平和ミュージアムについてとりあげた。本施設は世界的に珍しい大学が設立したミュージアムであり、積極的な平和への活動の取り組みがなされている施設である。 国際平和ミュージアムはリニューアルの過程の中で従来からの理念を維持しながらも、グローバル化にともなう暴力の多様化に対応するために展示の変更がなされた。そこで示された展示内容はミュージアム、ディスプレイ業者、戦争展運動などの意図が重層的に絡んでいる。また同時に「広義の平和」をテーマとしたために、ミュージアムに別の意味を与えることにもなった。 平和認識の多元性・複数性の中で、それらが博物館に提示される際のメカニズムとは何か。平和博物館がどのような「平和」のあり方を、いかなる方法によって提示しているのか。博物館を取り巻く社会的−政治的社会状況をふまえ、その過程の一端を検討することが本稿の中心的な課題である。 まだまだ検討しなければいけないことは沢山ありますが、これからも徐々に考えていきたいですね。何かと政治的になりがちな対象ですが、「展示そのもの」「博物館そのもの」がいかなる役割があるのか、機能そのものを検討することも大切じゃないですかね? (「どうあってほしい」「学校教育にこのように利用できる」とか言うばかりではなくね) たまには「平和に関するミュージアム」の書庫も書かないとね(・_・)σ
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とても興味深い内容ですね。私は広島人ですが小さい頃から平和学習や体験者の声、町中の被爆建物があたりまえでしたが、18で東京に上京したときに知識の差、温度差に驚きました。現地以外に伝える事の難しさを痛感しました。
2007/1/8(月) 午前 2:34
よく「伝わらない」と言われますが、「伝わる」ってのは難しいですよね・・・そもそも誰にも伝わらないのかも・・・「伝わる」って言うのは何をもって「伝わる」ことになるのか?「過去の出来事」の内容を知れば伝わったことになるのか?しかし、一般的に「伝わる」って言う時にはさらに一段踏み込んで「平和への意識」まで昇華させようとしているんですよね・・・現在それが「伝わらない」なら、今までの手法が齟齬をきたすようになったんでしょうか?謎です・・・
2007/1/8(月) 午後 10:05