浪人浄瑠璃

長い休眠期間を終え、新年より再開したいと思います!

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「社会学とか」・・・この書庫久しく書いてませんでしたねぇ・・・(@^_^)ゞ

久しぶりに、データを整理していたら、学生時代に書いた文書を発見!!

きっと、いろいろ本読みながら思ったことを書いたメモなんでしょうね!

と言うことで、以下・・・


ミュージアム(博物館)に流れている時間というものはどのようなものなのか?


 通常、博物館の展示空間の中で流れているのは単線的な時間であり、そこには過去から未来へ向かって伸びる直線的な時間や物語の流れの存在が疑いもない前提として存在し、それを来館者に納得してもらうような建物が設計され、展示内容が組み立てられているのだろう。

 一般的に、昔の様子から現代の様子へ、年代の古い順番に入り口に近い方から遠いほう(出口)へ向かってモノの配置は決定されていく。

 そして、来館者はそうして配置された展示空間の中を歩くという行為を通じて、過去から未来へ、古いものから新しいものへの移り変わりのメカニズムを体で感じ取っていくこととなる。

 人間社会にとってリニアで単線的ではない時間構造というもの、それは多様な、しかも複数の時間が交錯するような時間である。

 では、多様で、しかも複数の時間というものはどのようなものなのか?

 本来、人間にとって時間というものは入れ子構造的なものになっており、通常社会の中ではそれが働いている。博物館で展開されるような、リニアで単線的な時間や物語というものは本来、時間や物語の表現方法としてそのひとつを表しているのに過ぎないのである。

 その一方で、博物館の役割とは、博物館が扱うテーマ・事象について説明するということが、大きな目的であり、当然の常識として認識されているため、館のテーマを主張するために時間軸による展示配列とは異なるのかもしれない。

 もちろん、そうした部分は博物館の役割の根幹をなすことなので、正しいことではあるが、博物館にはもうひとつ大きな役割が存在することが見て取れるのではないか。

それは、

博物館は存在するというだけで、本来は「見えないもの」を可視化するとこと

「時間」や「歴史」、「平和」といった抽象的なものはもともと見ることができないが、博物館は自らの機能を通じて、人々に対し、それらが存在すると思わせてくれるような機能があるのである。

 つまり、博物館は扱うテーマ・事象について解説する働きがある一方で、建物の実在の空間を歩くことによって、モノが表象する抽象的な意味が確実に存在することを思わせるような役割をも担っているのである。
 
 出来事は時々刻々として過去の中に組み込まれていき、そしてそれが歴史として名づけられることによって「歴史」として存在するようになっていく。

 そうして、歴史として語られている出来事も部分的に分解していく作業をおこなっていくと、それはひとつひとつの何らかの出来事が集合したものであることがわかり、またそれの出来事も最終的にはそれぞれの人々の行為に還元されることとなる。

 しかしながら、そのメカニズムは通常注目されることも少なく、また、仮にその部分へ注意が向けられたとしても、大きな意味をこめられることはない。
 その際、戦争もしくは暴力に対する考えが、それが巨大な規模のものとして我々の目の前に押し寄せ、てくるとき、人々個々のリアルさを感じる余裕は果たして存在するのであろうか?

博物館の展示に「個」を感じることは出来るのか??

う〜ん、わからん・・・(ー’`ー;)

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