浪人浄瑠璃

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「追悼の火 消すまい/慰霊祭継続 同窓会が模索」

 多くの命が失われた沖縄戦から六十三年がたち、各地で慰霊祭を行う遺族会や学徒の同窓会などは確実に高齢化が進んでいる。会の解散が日程に上ったり、すでに解散したりしている会もある。無念の思いを抱いて逝った犠牲者への追悼の思いを若い世代や関係者以外に広げ、慰霊祭をどう引き継ぐか、各団体は方法を模索している。
 沖縄戦で廃校になった県立農林学校の同窓会は来年十一月に法人としては解散することが決まっている。

 数年前から活動の足跡を残そうと準備してきた。記念誌のほか今年と来年は、慰霊祭の様子をビデオ撮影し記録を残そうと計画している。事務局の知念正喜さん(78)は「同窓会がなくなるのは寂しいが、慰霊祭をどうにか継続できる方法を探った」と話す。同窓会の財産で最後に残った「農林健児之塔」とその土地を嘉手納町に寄付し、町が慰霊祭の告知やテント設営などを行う方向で検討している。

 同じく戦争で廃校になった旧県立首里高等女学校同窓会の瑞泉同窓会も、会員の高齢化と減少に悩む。塔の維持管理などのために「サポート会」を立ち上げる。具体的なサポートの形を含め、内容は検討中だが、県外など各地から六十人余りがすでに登録しているという。

 新元貞子同窓会長(83)は「同窓会はなくなっても慰霊塔だけはいつまでも語り継ぎ、火を消さないようやってほしい」と思いを語り、サポート会の今後に期待する。

 沖縄戦で亡くなった県職員の遺族や当時の職員で構成する「島守の会」は、「島守の塔」建立までの経緯や戦争体験者の証言を収録したDVDを今年完成させた。映像を見た遺族の孫世代から「感動した。会の活動にもっと積極的に参加したい」との声が寄せられたという。まだ先行きは見えないが、少しずつでも状況を好転させたいと望みをつないでいる。

「本音で議論 風化防ごう首里高養秀会が訴え」

 首里高校養秀同窓会が三年前に開設した「一中学徒隊資料展示室」は、今年に入り、近隣学校の平和学習を除いても、これまでの三倍、月三十人以上が来館するようになった。だが、大浦敬文事務局長(58)は「ブーム的な側面もある。心から何かを感じているように見えない人も多い」と危機感を募らせる。

 首里高校の卒業生がかかわるため、会存続に心配はない。ただ、本当の意味で歴史を継承するには、若い世代が、自分の人生と重ね合わせられる「精神性」が必要と考える。「親族でも数十年で記憶は色あせる。顔も知らない先輩ならなおさらだ。人間の生き方、沖縄の在り方を問い掛けるものにしなければ、風化は防げない」

 普遍的なテーマを発信するため、「体験者が残したいもの、わたしたちが心動かされるものを、本音で議論する必要がある。戦争を知らないから、と遠慮していたら、体験者が居なくなったとき、語るべきものがなくなってしまう」と訴えた。

【沖縄タイムス 2008年6月23日(月)朝刊21面】


 今日は沖縄は“慰霊の日”ですね!

 沖縄では各地で様々な催しが開催されているようです。

 どうしても、この話題は私の興味があるテーマと関係して、気になります。

 学生時代は、この時期、毎年のように破格の民宿に連泊しながら糸満市の平和祈念公園のみならず、県内の小さな集落、離島へも足を運び、碑や様々なモノを見学し、いろんな人のお話を聞かせてもらいに、1人でにえっちらおっちら歩き回ってましたね。(懐かしい)

 沖縄はもちろんですが、戦争についての取り組みについては、時間が経つにつれ「風化」が危惧され、「歴史の事実を伝えていく責任」、「多くの犠牲をはらって学んだ教訓を風化させることなく、平和と命の尊さを子々孫々に語り継ぐ必要性」が叫ばれています。

 そうした中で、様々な取り組みがなされていますが、その一方で“体験者”に頼らないネクストステージへの模索も出てきているようです。

 それは、「戦争」を記憶し、「平和」を語る社会システムへのひとつの変化の時なのかもしれません。

 今まで圧倒的に、体験者が存在し、その体験者が体験した出来事に対する「記憶」の継承、その「記憶」に基づき、求められるべき「平和」への理解と、そのための行動の喚起という図式がひとつの形態だとしたら、それ以外の方法はどんなプロセスとシステムで「戦争」が記憶され、「平和」が語られるのでしょうか?

 そこでは、どんな「平和」が、どんな手法で、どんな風に表象され、人々に伝えられ、伝えられようとしていくんでしょう?
 

 もしかしたら、想像もできないような「平和」が表現されるかもしれませんし、「従来どおり」の「平和」が表現されるかもしれません。

 誰が関わり、どのように行うかによって異なる性格を示すことになるんでしょう。


 通常、「平和」は肯定的なイメージとして認識されていますが、そもそもそこで扱われている「平和」とはどのようなものでしょうか。

 複数の国同士が互いの相違にかかわらずに共存する状態を表すには「平和な時代」という表現が使われるでしょうし、また家族関係が良好な状態「平和な家庭」といった表現がなされるかもしれません。

 しかし、両者の意味は必ずしも同じではありません。

 ひとりひとりが各々に「平和」についての具体的な意識を描いているはずであり、それを単純に一つの枠組みにくくることは必ずしも正しくはありません。

 人それぞれに「平和」に対する認識があり、千差万別であるはずです。

 それでは、「平和」という概念は社会においてどのように表現され、表象されるものなでしょうか?

 その主体が誰になるのか?どのような手法によってなされるのかによって、随分異なるのかもしれません。

 今までは「体験者」が主体となって、「語り」でやってきたことが、次のステージに移行すればどうなるんでしょうか?

 上記新聞記事を読むと「同窓生」というひとつの社会集団が、その役割を担う可能性が書かれています。
 「同窓」という集団の枠組みで、異なる時間軸を過ごした先輩の経験を「継ぐ」こと・・・
 
 「同窓」という枠組みの中でまとめられる社会集団がどのように関わり、どのように行動していくのか。

 また、同窓生でなくとも次の世代はどんな人たちが関わり、それはどんな手法でなされるのか。

 まだ、それははっきりとは見えないかもしれませんが、ネクストステージでどのような取り組みがなされていくのか、とっても興味深いものがありますね。

 「歴史の事実を伝えていく責任」、「多くの犠牲をはらって学んだ教訓を風化させることなく、平和と命の尊さを子々孫々に語り継ぐ必要性」・・・

 「「記憶が風化する」とはどういう意味なのか?」、「語り継ぐとは一体何をすることなのか?」、「「継承とは何をつなげることなのか?」

 ひとつひとつ考えてみると、とっても難しくて、意味がわかりません。

 このメカニズムを解明してみたいし、あわせて現在、変化の途上にあるこれらの問題についてじっくり見ていきたいと思ったりしてます♪

 果たして、戦争体験の「継承」と「平和」“ネクストステージ”はどうなるのか?


 ・・・“慰霊の日”とりとめもないことをつらつらと・・・((φ(・д・。)

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