浪人浄瑠璃

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平和に関するミュージアム

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「平和博物館」または戦争を次世代に継承することができるか?平和のための教育とは?といったことについて
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 広島出身の画家丸木 位里・俊夫妻が描いた『原爆の図』を常設展示していることで有名なこの美術館だが、現在存続の危機にあるという。

 近年、よく言われている文化施設(博物館や美術館等)離れの影響をこの館も受けているようなのだが・・・。

 博物館等の財源は「その設置・管理者が誰であるか?」等によっても多少変わってくるのだろうが、入館者減少による減収、それによる運営の難航、サービス・持ち味の維持管理の困難、また、それによる来館者の減少・・・・・・と悪循環のスパイラルに陥っていくことになるだろう。
 
 丸木美術館も今後訪れるであろうそのような悲観的な未来を、ただ指をくわえて見ているだけではない。危機を打開すべく、「丸木美術館再生プロジェクト」で、美術館の在り方を検討し、来年、「丸木美術館支援芸術祭」も予定しているようだが、切迫する現状の打開にはなっていないようである。
 
 丸木夫妻は有名な『原爆の図』の他に『アウシュビッツの図』『水俣の図』『南京大虐殺の図』大量虐殺の歴史や公害、人権などをテーマとし、人間が人間に行ってきた暴力を描いてきた。
 
 それらは人々に「戦争とは?」「核とは?」そして、「人間とは?」を考えさせてくれるような作品であり、そうした作品を丸木美術館は所蔵している。

 さらに、丸木美術館は折々にシンポジウムやイベントを行い、また、丸木夫妻の共同制作を写真パネル化し、貸出すことで広く全国にも反戦・反核の画家のメッセージを常に発信し続けてきたのである。

 こうした平和を発信し続けている美術館における今回の財政難の問題・・・。

 美術館HPには次のような文が掲載されている。
 
「・・・その後も、美術館に心を寄せる人たちに支えられて、変わらぬ姿勢で運営し、公的関与のない美術館として、平和へのメッセージを発信してきました。(以下略)・・・」

 「反戦」を訴え、「反核」を訴え、「反暴力」を問いかける性格を有した施設においては、その「反○○」の相手は「公的な存在としての権力」(全体主義だったり、「帝国」主義だったり、政府だったり)であるのだろう。

 すべて博物館は、そのの性格上、価値中立的な施設・展示を行うことは困難であり、不可能である。そうした際において、展示・施設に働く微細な「権力」を大きな「公的なもの」に依拠するのではなく、それに反する(問題を投げかける)側に傾向し、それを利用することによって、芸術作品を用いて人々に訴えかけていく手法をとったのではないだろうか。

 そう考えた場合において、「公的関与のない」というのは常に世の中(政府・社会etc)に対して、訴え、何かを問いかけ続けてきたという自負があるのだろうと思う。そして、積極的に訴えていくためには可能な限り(ほとんど無理だが)「(公の)権力」構造に組み込まれない形での訴えが求められるのであり、丸木夫妻の作品を通じて人々に支えられてきた丸木美術館はその可能性があるのかもしれない。
 
 『原爆の図』からまた、その他作品を通じて、戦後60年の今年にヒロシマ・ナガサキの想いはどう活かされているのか?活かされていないのか?アフガン戦争で、イラク戦争でどれだけの人が苦しんでいるのか?中国・韓国の「反日」に潜む歴史認識をどのように考えれるのか?・・・などと、現代的な問題を考え直すにも、まだまだこうした美術館はその役割と可能性を秘めているであろう。
 
 しかしながら、存続危機ということは人々の支援(来館等)が受けられにくくなっているということ・・・つまりは、従来とは異なる様相を呈してきたということであろう。
 
 それは、先に述べたように他種の博物館・美術館同様に入館者減少ということで捉えられることなのか?もしくは、美術作品を通じて、美術館を通じて「平和」を訴えかける手法が不具合を起こしているのか?それとも、人々が「反戦」・「反核」・「反暴力」を積極的に望むような社会的な要請がないのか?

 ・・・もちろん、要因は1つではないし、相互に絡み合っているであろう。しかし、それは一体何なのか?なぜそうなっているのか?・・・

 ・・・丸木美術館緒の「財政危機問題」には単なる「財政危機」では論じることができない、平和教育を考えるうえで別の構造的な問題が潜んでいるのかもしれない・・・。

  
 
※ ・・・といったようなことを「丸木美術館」のHPを調べてて思ったりしましたヽ(~〜~ )ノ ?

http://www.aya.or.jp/~marukimsn/index.htm

60年前の痕跡 巻ノ参

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 本日も先日に引き続き、近辺の戦争の傷痕が残る場所(戦争遺跡)を見学に行ってきました!
 前回にまわらなかった所を中心にじっくりと!!
 その一部を紹介・・・
 
 ◎「イチョウの木」
 空襲で焼け野原になり、木も丸焦げになったらしいのですが、現在もその姿をとどめておりました。
戦後の復興期にもイチョウの木の青い芽が羅災者たちを勇気付けたそうです。道路拡張の際に伐採の話もあったそうですが「戦災を行き抜いた木を切らないで」との声もあり今もその場所にあるとか・・・
樹齢も推定450年とか言うんだからビックリです・・・

 ◎「観音寺」
 空襲を受け、全焼したようですが、現在も焼け残った青銅の地蔵像や灯籠、梵鐘などが残っておりました!(一部修復もしたようなお話を聞きましたが)毎年、空襲の日に市の慰霊祭みたいなかたちで催されてもいるようです。

 ※また、空襲で焼け払われた後の街の様子を写した貴重なお写真(個人蔵)もお借りして、拝見させていただきました。現在の様子との比較と、また空襲直後の様子がよくわかるもので、本当に感謝です。

 ・・・とまぁ、今日はそんなこんな日中でした・・・

広島に原爆が投下されてから60年目。昨日、広島の街は死者への祈りと、平和への強い決意でつつまれていた。

 私は直接行っていないが、テレビその他で確認した。

 そんな原爆投下60年に際して、朝日新聞の社説に以下の文章が掲載されていた。
 以下、その一部を引用・・・

●語れば思いは伝わる
「広島は6日、長崎は9日に原爆投下から60年を迎える。
 永井さんには小学校に入ったばかりの孫がいる。3世代にわたる歳月が過ぎ、記憶は薄れ、風化していく。
 伝える努力は続いている。おびただしい数の手記や本が出版され、「はだしのゲン」などのアニメもある。
 それでも、広島市が5年前に行った調査では、原爆が投下された年を正しく答えられない小学生が5割を超え、中学生でも3割近くいた。
 毎夏、平和式典が催され、原爆ドームなどが残る被爆地でさえ、風化は容赦なく進んでいる。
 平和学習には「退屈でつまらない」という反応も聞かれるようになった。2年前には、広島の平和公園を訪れた関西の大学生が折り鶴に火をつけて燃やしてしまう事件まであった。
 原爆というとキノコ雲を思い浮かべる人が多い。しかし、その下で何が起こっていたのか。それを想像することは難しい。
 横浜市にある明治学院大学国際学部は、昨年から「広島・長崎講座」を開設し、核をめぐるさまざまな問題を取り上げている。今春には、被爆者を講師に招いた。体験を語る講義が終わっても、学生たちは被爆者を取り囲んで質問攻めにした。
 「こんなに胸が締めつけられる思いは初めて」「これからは私たちが伝えていかなければ」。そんな感想を残した。
 担当の高原孝生教授は「体験者からじかに話を聞くことで、学生たちも同じ状況を追体験することになる。いまの若者は感受性が豊かだから、思いは伝わりやすい」と話す。
 語れば、伝わるというのだ。だからこそ、惨状を身をもって体験した人々がつらい思いを乗りこえて口を開き、「あの日」を伝えていく。そのことがますます大切になっているのではないか。」
                           (2005年08月04日朝日新聞朝刊3面【社説】)


 社説からは、戦争の記憶の風化が叫ばれる中、体験者の語りから積極的に戦争の記憶を継承し、「あの日」を風化させないために、そして平和な社会構築のための積極的な取り組みを求める姿勢が感じられる。


 ・・・・しかし、本当にそれだけでいいのだろうか?それだけで孫の世代まで記憶が継承されるのか?
 

 文中では「広島市が5年前に行った調査では、原爆が投下された年を正しく答えられない小学生が5割を超え、中学生でも3割近くいた。」と被爆地である広島でさえ記憶の風化が激しいことを指摘している。


 それは、「「伝える努力は続いている。おびただしい数の手記や本が出版され、「はだしのゲン」などのアニメもある。」とあるように、

「「あの日」の出来事を伝えるために積極的に体験者の語りを聞く機会を作り、手記や本が出版され、こんなにも伝える努力をしているのにどうして、今の子は戦争の記憶・出来事を認識しないんだ!!伝える側が積極的に訴えかけようとしているのに・・・」といった背景(裏)が感じられる。


「戦争学習が退屈でつまらない」というのは、生徒の「本音」の言葉であろう。

 しかし、そうした感想が述べられた時に、「つまらない」という言葉を口にする子供たちに対してのみ、また、そういった言葉が発せられるような社会(体験者の語りを聞く側の人間である人々)、つまり「受け手」に対してのみ積極的な批判がなされる。

 体験者は「つらいおもいをしながら」語り、努力している・・・ということで、戦争経験が伝わらないことに対しての非難はあまりされない。


 しかし本当にそうなのか?今一度考えてみたい。


 「「伝える努力はしている。」しかし、「5割は投下日を答えられない。」という構図は、受け手に問題がある事はさることながら、「伝える努力」が上手く機能していない、もしくは、適切なものではない可能性があることも同時に含んでいるのではないのだろうか?

 それなのに、その視点を抜いたまま、何もわからないまま「語れば、伝わるというのだ。だからこそ、惨状を身をもって体験した人々がつらい思いを乗りこえて口を開き、「あの日」を伝えていく。」と声高に叫んでみたところで、矛盾や虚無感はないだろうか?

 伝えるというのは、発信するものがあって、受信するものがある。相互がうまくリンクしないと送受信は困難だ…



 それでは、社会は今まで本気で戦争体験の継承や風化を考えてきたのだろか?

 伝える側は戦争体験の風化が進む状況を見て、何かを伝えるために、方法を考え、何か別の違う形での継承を積極的に模索してきただろうか?

 伝わらない状況を真摯に受け止め、自らの行動を再考し、柔軟に社会を受け止め、社会との適合を図ってきただろうか?

 伝えられる側(受け手)は体験者の語りに頼る以外に、別の方法で戦争の記憶を、「あの日」を伝える努力をしてきただろうか?

「わたしたちがこれから伝える」「祖父母の世代の体験を継承して」といった言葉をよく発するが、「継承するとはどういうことなのか?」「追体験とは何なのか?」を考えているのだろうか?

 そして、体験者がいなくなった時における、別の方法による継承のあり方を本気で考えているのだろうか?

 私は戦争体験を語りつぎ、孫の世代まで継承していこうとしていくこと自体反対はしない。むしろ、それは平和の構築のためには必要な一部だと考える。(但し、そこには問題が潜んでいるし、戦争体験継承そのものが平和構築のためのすべてではない。)

 しかし、何度も述べるが、ただたんに「こんなに胸が締めつけられる思いは初めて」「これからは私たちが伝えていかなければ」と感じ、「戦争の経験を語り継いでいくことが必要」と叫んだところで、それは本質には全く迫っていない。きつめに言えば、そうした精神論のみの「継承の訴え」は全くの無意味ではないか?

 現在の社会状況を見て、なぜ戦争体験の記憶が風化し、継承しにくくなっているのか?

 それは、受け手が変化したからなのか?
 それとも今までの体験継承方法に問題点は無かったのか?
 そして、そもそも継承とは一体どういう事なのか?
 また、過去の記憶が伝わるということはどういったプロセスで、何を媒介としてなされているのか?
 そして、継承することによってどんなメリット、可能性があるのか?そして、その裏にどんなデメリット(権力)が隠れているのかを見極めていく作業が必要なのである。

 そうした作業を通じてこそ「語れば、伝わるというのだ。だからこそ、惨状を身をもって体験した人々がつらい思いを乗りこえて口を開き、「あの日」を伝えていく。そのことがますます大切になっているのではないか。」という訴えが「本当の意味」を持ってくるのではないだろうか?
 
 ・・・・・広島原爆投下60年の日にそんな事を考えてみました
 

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先ほどの記事の続きの写真です。

一つ目は、弾痕跡のある神社の看板の写真。

二つ目は当時の憲兵隊コンクリート塀〈こちらも弾痕跡有り)です。

コンクリート塀はもとあった場所から移動したみたいです。〈元々あったとされる場所は工事してるようでした)
やはり、保存に関する問題はいろいろあるという事でしょうか・・・

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市内の戦争関連遺跡を見て廻ってきました。

 意外なところに、ほとんど気付かないようなところに「痕跡」として残っています!
 
でも、今では所有者や、誰が管理するのか?とか様々な問題があるみたいで・・・・

 こうした問題は単に「保存」を叫んだとしても、何の解決にもならないんだとおもいます。理想を掲げるだけではなく、現実的な問題をも踏まえて、かつ、その根底の「理念」だったり、背後に存在するもの(社会)をもきちんと捉えなくてはならないのかなぁ〜と

 津市内には残存する「戦争遺跡」がいくつか残っているみたいです。今回見に行ったのは空襲の痕跡だったり、慰霊碑だったり・・・

 場所によって看板が付けてあるところから、発見困難なところまで色々と・・・

 取材先でガイドの説明を受けている小学生(?)の集団に出会いました!

夏休みだし、自由研究か何かですかね?きっと秋になると公民館とか市役所に小学生の作品が並ぶんでしょうね!

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