浪人浄瑠璃

長い休眠期間を終え、新年より再開したいと思います!

社会のこととか

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 近くの図書館へ本を借りに行ったら、広場がイルミネーションで彩られておりました!!☆☆☆

 きれ〜〜〜い q(≧∇≦*)(*≧∇≦)p

 親子連れやら、カップルやら、写真家さん(?)やらたくさんの人が集まっておりました♪
 
 何年か前から行なわれるようになって、今年のテーマは「アンデルセン」だそうです。

 「今年はアンデルセン生誕200年にちなみ、童話の世界を光で表現!」ということで、「人魚姫」だとか、「みにくいアヒルの子」だとかが電球で彩られておりました(*^.^*) ♪

     https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/75/00/peacegentle/folder/739173/img_739173_18980174_0?1134207788

 施設は文化ホールや、図書館、生涯学習センターやら複合施設なんです! イルミネーションのテーマ「アンデルセン」にちなんで、図書館では特設コーナーにアンデルセンの童話やら、絵本やら関連書籍が紹介されておりました。

 イルミネーションを見に来たついでに、アンデルセンの作品を手にとって理解を深めるも良し!また、図書館のコーナーで本を手に取ってからイルミネーションを見に行くも良し!
 公共の施設として複合的なサービス・情報提供がなされているのはとてもうれしいですね♪

 図書館や博物館・美術館、その他各種施設での「特設コーナー」って興味惹かれるんですが、単発的なものだとどうしてもそこで終わってしまいやすい。
 館や市町村、学校等の取り組みと関連させて各々によって重出的に情報提供されるといいですね!

 「あっ!」というひらめきや、「ふ〜ん」という興味を活かすために、きっかけと発展の「場」というのはあちこちに存在して欲しいなぁ〜と思いながら眺めておりました♪

 

 
 先日、朝日新聞に次のような記事が掲載されていました。
= 「大学の授業」 =
 今からふた昔前、東京都内のある大学の教授が、授業の出席率の悪さに業を煮やして、こんな試験問題を出した。問題用紙には教授を含む数人の顔写真が刷られ、「私はどれでしょう」▼翌年、学生の間に出回ったノートのコピーに教授の写真が添えられていたのは、言うまでもない。授業に出ない学生にも言い分があった。毎年、すこしも変わらぬ単調な授業だったのだ。かつては自分の好きなテーマだけを延々と講義して、学生の興味や関心を顧みない大学教員が多かった▼昨今は、どうも風潮が変わったようだ。某国立大が教員に配っている授業のやり方ハンドブックを見ると、次のように書いてある。ユーモアを交えて学生の興味をかきたてる。1回ごとの講義を読みきりでまとまったものにする。ビデオなどの映像に訴える▼毎回の授業の概要をプリントして配るのは常識だという。授業内容も、様変わりだ。政治学を例にとると、かつてはルソーの「社会契約論」などの古典を読んだり、欧州議会史などをこまごまと講義したりしていたが、今は郵政民営化などの現在の問題を使ったり、現職の日本の政治家を研究する授業もある▼ところがおもしろいもので、学生の間ではこんな意見も聞いた。「現代は情報があふれて、どれを読み、何を信じるべきか迷う時代。授業が現代の素材を扱うとその延長のような気がしてしまう。むしろ古典を読みたい」▼いつの時代も、学生の不満の種は尽きないと言うべきか、何事も配合とバランスが難しいというべきなのか。考えさせられる。             
                                  朝日新聞 朝刊1面 20051121 

 大学改革が叫ばれ様々な面で取り組みがなされています。「経営感覚」とか、「学生の視点」とか、「社会への貢献」とかいろんな言葉が飛び交いあちこちで議論がなされ、手探りな部分もありながら一生懸命取り組みがなされているわけです。
 講義・実習等々の授業面は言わずもがな!です。

 そういった中で、記事では大学教員と学生の間の授業に対するギャップを書いているわけですが、私が気になったのは次の文書・・・

「・・・国立大が教員に配っている授業のやり方ハンドブックを見ると、次のように書いてある。ユーモアを交えて学生の興味をかきたてる。・・・」

 「ユーモアを交えて・・・」・・・ユーモアって何(・_・?)?

 ある意味テスト問題に教授の写真が掲載されるのもユーモアな気がしますが・・・(m)(笑)
 ここで指す「ユーモア」とは一体何なんでしょうか??辞書で調べると「思わず微笑させるような、上品で機知に富んだしゃれ」と記されております。(三省堂提供「大辞林 第二版」)

 …と言うことは、学生に「へぇ〜」と思ってもらって、「このことについてもっと調べてみよう!!」と思わせるような内容にしろ!と言うことなのでしょうかね?
 講義の中で物事に対する問題点・調査法・視点を明示することで、学生に自発的・主体的に取り組んで欲しいという願いがあるということなんでしょうか? つまりは学ぼうとしない学生に対して動機付けを行ないたいとの想いがあるのではないかと思います。
 
 一方、学生は「現代は情報があふれて、どれを読み、何を信じるべきか迷う時代。授業が現代の素材を扱うとその延長のような気がしてしまう。むしろ古典を読みたい」との文章から推察すると、「知りたい」という想いはありながらも、確固たる拠り所・確証を求めているということでしょうかね?
 
 動機をつけたい教える側と、動機はあるが学問的確証を求めたい学ぶ側・・・ 「配合とバランスが難しいのか」それとも根本的に「ズレ」「ねじれ」が生じているのか?

 そんな現象は講義ばかりではなく、大学の他の取り組みについても通ずるところがあるのでしょうね・・・

 「配合とバランス」「ズレとねじれ」この辺に注目して見てみると何か見えてくるかも?日頃の不満を出発点にね(笑)

 

 本日、ふと見かけた光景・・・目の不自由な方が安全つえ?(名前がよくわかりませんが、左右に振りながら障害物を確認しているステッキのようなもののこと)を持ちながら歩道を歩いている。

 ・・・別にとりたてて珍しいものではなく、日常何度かは目にする光景であるが、私が気になったのはその人が持っているコンビニの買い物袋・・・

 ビニール越しに透けて見えるのは「ポカリスエット」!!その他もろもろ・・・

 どうやら、その方はコンビニへお買い物へ行ってきたご様子・・・

 
 ん・・・ (ー.ー") ??


 どうやって、あの方は「ポカリスエット」を購入されたんだろう?


 数ある商品の中でどうやって、これが「ポカリスエット」であるとご判断なされたのか?? 

 ペットボトルには「点字表記」はないはずだし、外見ではいくつか特殊な形をしたボトルがあるが、ほとんどはラベルが違うだけで触っただけではどんな飲み物か皆目見当もつかない・・・

 そもそも、お店の棚の配置、商品の配列は各お店ごとに異なっており、どこに何がおいてあるのか見ないとよくわからない・・・(セール品・キャンペーン品販売期間なんかなら、なおさらのこと)もちろん店内には点字ブロックもないし、他のお客さんが行き交ったり、立ち読みしてたりと予期せぬ出来事が起こる可能性もある。

 「じゃあ、きっと店員さんに頼んで商品を取ってもらったんだよ!!」

 ・・・これが今、私が考えられる中では有力です。

 しかしながら、仮に目が不自由だった場合、点字ブロック・手すり等(もちろん盲導犬等を使う方法もあり)を使って目的地にたどり着けたり「移動」はできるとしても、買い物だったり、その他目的をこなすことが出来るんでしょうかね??

 意外に街の空間を「障害者向けに「動線」を重視して整備しました」と言ってみても、あちこちでその「動線」はブツブツと切れていたり、「無意味化」してしまっているのではないでしょうか??

 買い物って便利なんでしょうか?不便なんでしょうか??

 これだと言い方が悪いのかもしれません・・・可能? 不可能??

・・・こうした問題に疎いので、詳しいことはよくわかりませんが・・・知っている方いらっしゃいましたらいろいろと教えてください!!
 
 そんなことを思ったお昼下がりでした・・・チャンチャン♪(^〜^;)ゞ

 

 

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 今朝,地方新聞を読んでてこんな記事を発見!!

「カメムシが大発生 来年の被害に要注意」

 農作物への被害や体内から発する異臭などで嫌われ者のイメージがつきまとうカメムシが今秋、美方郡内など各地で大発生している。県の関係者は、過去最大ともいわれた今春のスギ花粉が要因の一つと指摘。現在までに農作物への被害報告はないが、越冬したカメムシが来春繁殖することから来年の方が要注意と警鐘を鳴らしている。
 大量発生しているのはクサギカメムシ。身近で見られるごく一般的な種類のカメムシだ。今が越冬準備の時期で、寒さをしのげる場所を求めて民家や物置、納屋などの中に集団で侵入したり洗濯物に付着したりする。
 県浜坂農業改良普及センターによると、大量発生の要因として今春のスギ花粉が考えられるという。カメムシはスギやヒノキなどの樹木の実が主食。担当者は「花粉の大量飛散で、カメムシの餌となるスギの実も相当たくさんあったことが予想される」としている。
 カメムシは梨や柿など果実に付着して食い荒らす害虫としても悪名高いが、幸い今のところ被害報告はなし。だが、安心するのは早計で、担当者は「むしろ来年の方が心配」と話す。越冬した大量のカメムシが暖かくなった来春に繁殖する一方、主食のスギの実が今年並みとなる保証はないためだ。
 「来春は早い時期から(越冬した)たくさんの成虫が出てくるはず。餌不足であぶれたカメムシが果樹園に出てくる可能性はある」と県の担当者。「むしろ集団越冬しやすい場所を確保しておくのも一つの手。真冬に物置などを清掃し、集団越冬している場所を見つけて外気にさらせば死滅する」と指南している。                               (日本海新聞 朝刊 11月11日)
 
 カメムシ・・・普段の生活の中では、洗濯物に付着して困るとか、不快な臭いを発して困るとか、その程度(まぁそれだけでも十分に嫌ですが)だけれども、農作物への被害となると深刻です。

 記事中に「果樹園への進出」が指摘されていますが、鳥取の梨(兵庫北部でも作ってます)、その他の果樹農家の方にもこの事態は無視できないことなんでしょう。

 私もカメムシとは長い間付き合ってきました。山に囲まれた土地に育ったため、地元にいた頃は物置や倉庫には越冬中のカメムシが大量にいて、ボロボロと音を立てて落ちてきてましたから・・・(この表現は決して誇張ではない)
 おかげでいくつかの撃退法を習得してきました♪(しかし、「都会」の方にはなかなか受け入れてもらえない(笑)) 

  先に掲載した記事中で指摘されているように「花粉の大量飛散で、カメムシの餌となるスギの実も相当たくさんあったことが予想される」ということは、必ずしも自然の循環・周期的な変動のみならず、ある意味で花粉症などと同じように、スギ林の急激な増加が要因であるという「人災」とも考えられないでしょうか?
 
 いかに、こうした「害虫」と呼ばれる虫と付き合っていくのか?

 自分の生活域内からそれらを排除する(見えなくする)のみならず、根本的にどう対応していくのか、いかなければならないのか?

 意外に問題の根っこは深いのかもしれませんね・・・(。_。)))

  

 国勢調査が実施されるということで、地域の係りの方から調査用紙を渡され、早速、パラパラと中身に目を通してみました。

 塗り潰したり、数字を記入したりなんだかセンター試験やマーク模擬試験の受験生データを記入する欄のような印象を受け、懐かしい気分になったり・・・

 そうはいっても、大切な調査。適当にやってはいけないと思い、また時間があるときにじっくり読みながらやろうと一時保留状態にしておきました。近くに、鉛筆もなかったしね・・・

 一軒、一軒、直接解答用紙を手渡して、回収に伺う労力・・・ものすごいですよね・・・

 もっと、効率的な方法がある気もしますが、やはり個人情報管理とか様々な面で問題なnでしょうか・・・

 直接訪問には生存確認とか、居住確認とか別の意味もありそうですね!                                       (きちんと調べていないので、想像ですが・・・)

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