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至る所、各教会で黙想会が行われていますが、その中から注目すべき黙想会としてご紹介します。
2011年1月16日付け で平塚カトリック教会から
黙想会のしおり1 として出されています。
内容を以下に紹介します(引用を感謝します☆)
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長崎から 古巣馨(ふるす・かおる)神父さまをお招きして、黙想会を行います
第6地区各教会の皆様も、ぜひご参加ください
(ガブリエル注:横浜教区内の6番目の地区のこと)
○日時 2011年2月27日(日)
古巣神父様に9:30のミサを司式していただいた後、12:00までお話を伺います
○場所 平塚カトリック教会 聖堂
○お話のテーマ 「殉教者の行き方に学ぶ」
勇気と優しさを生き抜いた人たちが、現代に伝える希望の福音
○古巣 馨(ふるす・かおる)神父様
長崎教区司祭、長崎純心大学教授
188列福者:列聖特別委員会会員。
まるちれす研究会会長。
著書『恵みの風に帆をはって』
『ガリラヤへ』(いずれもドン・ボスコ社)
○黙想会の準備のために、古巣神父様が『恵みの風に帆をはって』(ドン・ボスコ社)に書かれた文章の一部を裏面に引用させていただきました。
(お写真:省略)
みんな風を待っていました。復活されたイエスが天にのぼられるとき、祈って待つように言われた、あの風です。
《一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった》(使徒言行録2:1〜3)
教会が誕生したときの様子を、聖書はこのように伝えています。風とは、神がいのちをつくりだし、倒れたものを起き上がらせるときに、必ず働かれる聖霊のことです。聖霊の風が吹いたとき、教会が生まれたのです。
「風にまかせてたどり着いたのは、アンジロウの故郷薩摩、ちょうど八月十五日聖母マリアの祝日でした」(フランシスコ・ザビエルの手紙)
あの日、ザビエル宣教団を薩摩に上陸させてのも同じ風でした。これが日本の教会の誕生です。
やがて、日本は激しい迫害時代に入ります。信徒も司祭も風を待ちました。「まもなく風が吹きます。神からの恵みの風にいっぱいの帆をはって、今、出発します」
これは、フィリピンのルバング島から日本に向けて出発する直前に書かれた岐部神父の手紙です。砂漠の道を超え、ローマで司祭になり、迫害で苦しむ仲間のために、死を覚悟して日本に戻る岐部神父。ザビエルを日本につかわしたと同じ風が、やがて、岐部神父を三大将軍家光の前に立たせ、日本の教会を代表して、堂々とイエスの教えを語らせたのです。
「わたしたちの時代に、また殉教者が再来しました」(教皇ヨハネ・パウロ二世の手紙)
教皇ヨハネ・パウロ二世は、「日本の殉教者たちのことは昔話ではなく、わたしたちが忘れてしまった大切なことを思いださせ、これから進んでいく道を示してくれます」と言いました。ペトロ岐部と一八七殉教者は、そのために神からつかわされた福者たちです。
わたしたちは今また風を待っています。その風がまもなく日本の教会に吹き始めます。苦労している教会を励まし元気づける風です。
『恵みの風に帆をはって』(ドン・ボスコ社)より
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わたしたちも教会の救いの歴史として、日本の殉教者のことを、教会の礎になってくださっていることに対し、絶えず思い出し、感謝を致しましょう!この方たちの信仰と証、そして命を賭けた勇気の愛の行いがなければ、わたしたちの信仰の恵みと教会は存在していないのです。わたしたちは殉教者に倣い、いつでもキリストが望まれたなら殉教する覚悟を持っていなければ、なりません。これがなければ、中途半端なキリスト者となってしまいます。
わたしたちも教会を励まし元気付ける 聖霊さまに
風を吹いていただけるように、備えましょう!
神に感謝☆☆☆
主の平和教会 司祭 ガブリエル☆☆☆♪
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カトリック教会
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教皇庁宣教援助事業/カトリック児童福祉会
より、カード形の知らせが各教会に配布されていることと思います。
地球をバックに、ベトナム人のかわいい赤ちゃんがはいはいしている絵です。
あなたの祈りと愛の手が、子供の夢をつなぎます
「どうか、この子供たちの上に祝福をお与えください」
(創世記48章16節)
*最も、ガブリエルは1年365日、赤ちゃん、子供に会うと必ず、「キリストの子供!」と言って、必ず祝福を与えています。中にはとても喜んでくださるお母さんもいます。・・・
教会で聖霊さまによって与えられる賜物を活かした働きのひとつとして、「祝福士」というのがあります。祝福を与えるのも、キリストから、そして洗礼や堅信の際に与えられる(受ける)聖霊の賜物のひとつなのです。わたしたちキリスト者は何をするにも、この賜物次第です。より多くの働きをして、神様からより多くの賜物を頂き、主の栄光のためにどうぞ皆様活躍してください。ガブリエルからのお願いです☆☆☆♪
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待降節第4主日A年 2010.12.19(日)
マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。(マタイ1:21)
マタイによる福音 (マタイ1:18−24)
イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心していた。このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。
「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。
その名はインマヌエルと呼ばれる。」
この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり、妻を迎え入れた。
☆☆☆ キリストに賛美!!! ☆☆☆
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この福音書の一節は、既に教会暦の中で朗読されたマリアに出現した大天使ガブリエルからのお告げ(受胎告知)の場面と対比をなすものであり、当時空間的に離れて住んでいたヨセフにも、マリアと同じく、大天使ガブリエルが訪れて、夢の中でお告げを伝えているのです。この対称性は美しいですね。ヨセフには、幼子の誕生を知って恐れをなした当時の権力者:王の命令で出生地での住民登録が民の全員に命ぜられた時も、後に出てくるように、同じく夢の中でガブリエルによりお告げを受け、エジプトに逃れたため、難を逃れた。この時の幼い子どもたちの命が失われた犠牲と権力者の暴虐は現代にまで通じる、警告の働きをしていると言える。ヨセフのこの夢見が後に、生まれたばかりの幼子イエスとマリアとヨセフ自身のいのちを救ったのである。生まれようとする”いのち”を迎え入れるとき、”いのち”を守るとき、のふたつの大切な場面でヨセフに与えられた神の恵み・啓示・メッセージが大天使ガブリエルを通して与えられている。神に仕える天使(愛と奉仕のこころを持って)の働きのひとつです。
そしてここでの背景を説明すると、当時のユダヤでは、私生児(親が違う子供)や未婚の母の子が見つかると、石うちの刑で殺されてしまう。マリアの子のことが明らかになったとき、もしヨセフが結婚した時、「誰の子か?」と聞かれたとき、答えに困る。「わたしの子」と答えれば時期的に結婚前に交渉を持ったことになってしまうし、「わたしの子ではない」と言えば、石うちの刑でマリアと子が殺されてしまうからである。
こういう切迫した状況で、正しい人であった、ヨセフは誰にも本当のことを言わないままに、秘かに縁を切ろうと決心していたのである。
ヨセフは徹底的にその生涯を通して、マリアと幼子イエス(のちに成長して公生活をされたイエス・キリストとなる)を護った。ヨセフのこれらの徳にも敬意を持ちましょう。そして、ときにヨセフにも取り次ぎを願う(神への祈りの)ことはよきことです。
ここで名前のことに触れますが、イエス(ギリシャ語):もしくはイエズス(ラテン語)は、油注がれた者、救い主を意味する言葉です。そして、インマヌエルは福音の中で述べられている通り、「神はわたしたちとともにいる」常にいてくださることをみなさん、ほんとうに力強く信じて、決して神に背かず、神に喜ばれることのみに心を向けて言葉に出し愛の行いを致しましょう。そのように心がけましょう。決して悲観せず、絶望せず、愛と信仰の喜びと平安と平和と希望のうちに常にあれるように心がけましょう。それができたとき、心の扉が開き、わたしたちは生きながら、この地上にいながら、言わば、天国の愛を生きることができるのです。神の国、天の御国、永遠の命に生きることができるのです。そこに至るまで、愛でないすべてを捨て、離れなければなりません。その人生の長い旅路に神の祝福が豊かにありますように!
クリスマスは、通常の誕生と異なる’神の子の誕生の奇跡’の物語、それを親から子へと語り継ぎ、奇跡の誕生をともに家族や教会でお祝いする時なのです。
アダムとイヴが楽園で蛇にそそのかされて罪(’原罪’と呼ばれる罪)を犯し、神に背いてから、人類には、男には額に汗する労働、女には産みの苦しみが与えられました。産みの苦しみの中には子供を生むために予め通常必要な霊肉ともにするかかわりの際の苦しみも含まれるでしょう。一切の苦しみから離れて、神の全知全能により、聖霊のはたらきにより、おとめマリアは身ごもったのである。まさに「神におできにならないことはない。」、人間の眼には奇跡に映ることだけれども神には容易なことであるに違いない。この奇跡の誕生を全人類の救いの希望の星、救い主:幼子イエスの誕生をイヴの日にお祝いし、主を賛美し、神に感謝させていただける日、その前に救い主の誕生を待ち望みながらひとつの神の民としてともにふさわしく準備をさせて頂きましょう。神に感謝!!!
主の平和教会 司祭 聖フランシスコ
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秘蹟とは、救いのためのしるし、という意味です。”秘跡”とも書きます。
秘蹟には、教会を造る、源秘蹟と呼ばれるものと、
通常の秘蹟があります。
源秘蹟は、神の啓示によって与えられるもので、主の平和教会、希望の星教会、主の平和とキリストの愛教会、それぞれに少なくとも今三つあります。
通常の秘蹟は基本的なものは7つです。聖書にみな基づいています。
中心的なのは、聖体の秘蹟。最後の晩餐(有名なレオナルド・ダ・ヴィンチの絵にある通り!!!☆☆☆)
キリストのからだ、そして御血を
与えるものです。
ミサ中、礼拝と共に。
これにより罪を許され、このみじめな自分がキリストにより聖化され、ひとつのキリストのからだとして、キリストにおいて一致し、キリストの神秘体の一部に私たちはなるのです。♪
基本的な七つの秘蹟とは、
洗礼の秘蹟、
堅信の秘蹟、
叙階の秘蹟、
ゆるしの秘蹟
聖体の秘蹟、
結婚の秘蹟、
病者の塗油
です。
誰でも関係するのが、
洗礼、(堅信)、ゆるし、聖体
人によるのが、
結婚、叙階、病者 です。
いずれも聖書の主イエス・キリストさまがなさったこと(史実)・奇蹟に基づいて制定されてきたものです。(歴史的にカトリック教会において)☆
それぞれについては次以降の記事で詳しく説明していきます。
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