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音楽

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まだまだ初心者の為あまり参考にならないかもしれませんが、様々な音楽の紹介をしていきたいと思います。
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洋楽レビュー

音楽は聴いてるけど、記事を書く時間があまり無いので最近聴いたのを、試しに全て3行以内でレビュー。
この位が逆に丁度いい気も。


AVALON BLUES / A TRIBUTE TO THE MUSIC OF MISSISSIPPI JOHN HURT

高田渡、加川良など60年代フォークブームのアーティストにレスペクトされていたミシシッピ・ジョン・ハート。
1960年代のルーツ・オブ・アメリカン・ミュージックの回帰の中、都市部のインテリ層は戦前の「カントリー・ブルース」に着目し再発見される事に。
多士済々のメンツが参加してますが、オープニングは、Beck Hansen。Beckもインディ期はブルースアルバムをリリース。音楽的原点ここにあり。

A PARIS / MORY KANTE

西アフリカ、セネガル共和国の人間国宝的存在のモリ・カンテ。グリオ出身でYoussou N'Dourと同世代。
コラ(16〜24 弦のアフリカン・ハープ)のエレクトロニック化を図ったりと、革新的アプローチを繰り返す。
現実の生活とは程遠い音楽ですが、袢纏着込んで電気毛布の中、夢見心地に。

NEW WORLD ORDER / CURTIS MAYFIELD

半身不随の状態からカムバックして作り上げた名盤。ベットに仰向けになりながら曲を歌い上げたとか。
ワイアットにせよカーティスにせよ音楽に対する諦めない姿勢、情熱は聴く者に強い感動を与える。
彼は死ぬまでソウルの力を信じ続けた。タイトル曲のオープニングナンバーが特に印象深い。

EVERY GOOD BOY DESERVES FAVOUR / THE MOODY BLUES

日本ではいまいちマイナーな存在だが、4大プログレに無いメロディアス性の再評価が来ている。
お気に入りは、「Emilly's Song」と「Nice To Be Here」。
こういう柔らかく素朴な「フォーク・ロック」はアメリカ人好み。

YESTERDAY AND TODAY / THE FiELD

ミニマルはときに最高のメディテーションを与えてくれる。
説明不要の KOMPAKT を代表するアーティスト、Axel Willner こと THE FiELD。
前作は00年代テクノを代表する名盤で完璧な出来でしたが、今作は2曲目などで新展開に。

FANIA ALL STARS

キューバは20世紀前半におけるポピュラー音楽の最大生産地だったが、1959年フィデル・カストロによるキューバ革命が起こり状況が一変した。
革命とそれに続く国交断絶によりキューバから米国へは新たな音楽情報がバッタリと入らなくなった。

このため、ニューヨークに住むプエルトリコ人を中心とするラティーノたちは、自分たちで新しいラテン音楽を作る必要に迫られた。
60年代前半、米国全土で公民権運動が盛り上がり、アフリカン・アメリカンを中心に、自分たちの民族的アイデンティティを見直そうという気運が極点まで高まってきた。

キューバ音楽と米国のR&B、ソウル、ロックなどを混ぜ合わせてブーガルーやシンガリンが生まれた。
また、マンボ世代とデスカルガ(ジャムセッション)も盛んに行われた。
この試みは、ニューヨリカン意識のひとつの芽生えだった。

こうした新しい動きを最も端的に象徴したのが、64年に誕生したファニア・レコードである。
時代の雰囲気を的確にとらえヒット作を連発したファニアは、あっという間に人気レーベルにのし上がった。
そして、68年、レーベルの看板スターばかりを集めたオールスター・バンド=ファニア・オールスターズを結成。

70年代、ニューヨークのサルサが大きな盛り上がりをみせたとき、その中心の座に座ったのはキューバ人ではなく、プエルトリコ人であり、ドミニカ人であり、ユダヤ人であった。
バック・トゥ・ルーツ的な過程で生み出されたのがサルサという音楽であり、NYのヒスパニック系のコミュニティを一つにまとめたものであった。

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FANIA ALL-STARS LIVE AT THE CHEETAH VOL.1 & VOL.2

サルサのリズム楽器については、ライナーから下記を引用。

<右スピーカー>
ポコポコ鳴ってるやつ=コンガ。サルサの最重要楽器の一つ。
その側のカチカチ金属音=ティンバーレス。
ティンバーレスはスネアドラムを二つ並べた楽器で、ステディなビートを刻む時は、その金属の外側を叩き続ける。

<左スピーカー>
固い音でギーコギーコ鳴ってるやつ=ギロ。
マラカスと同じく、普通は歌手が担当する。リズムに粘りを出すための楽器。
パカン・ポコン乾いた音を出してるやつ=ボンゴ。コンガと対の関係にある。


と、説明が長くなりましたが、もっとラテンについて調べてくと聞き慣れないチンプンカンプンな言葉ばかりで面食らう事も。
私にとっては、特に打楽器系の聴こえ方等が変わってくるアルバムですね。

RUFUS WAINWRIGHT

考えてみると、あと少しで00年代が終わるんですね。

00年代のロックは、ガレージやニューウェイブなどのリバイバルが流行っていて、それなりに色々聴いてみたんですが、個人的には可もなく不可もなくといった印象でした。
(良いアーティストも居ましたけどね)

そんな中で、RUFUS WAINWRIGHT は、結構良かったんじゃないかなと思います。


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                              WANT ONE

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                            WANT TWO

上記は、2作品とも本人ジャケで、何でもゲイである事を18歳のときカミングアウトしたとか。
元々、クラシック畑で勉強してた人がポップミュージックの世界に足を踏み入れただけあって、一つ一つの楽曲の完成度が高いんですね。

また、言うまでもなく歌唱力も抜けて素晴らしい。
アンチコマーシャルなクラシック志向のポップ・オペラなんですが、ヴァン・ダイク・パークスや70年代のSSW辺りと相通じるような心に沁みる親しみやすさがあります。
尚且つ、ポストロックを通過した高度なサウンド技術で聴き応えがあります。

「WANT TWO」の9曲目の「MEMPHIS SKYLINE」は、ボブ・ディランのアルバム「ナッシュビル・スカイライン」に因んで命名されたようですが、メンフィスで亡くなったジェフ・バックリーへのオマージュ的作品でもあるようです。

作品自体も内省的な歌詞が多く尚且つクラシック色が強いのだから、この冬の寒い時期にマッチングしますね。

ただロック・オペラに関しては造詣が浅く何のフォローもできないわけで、最近になって「ファントム・オブ・ザ・パラダイス」とかの映画を観て世界観が分かってきたかなぁという程度。



Hallelujah

B・B・KING

ブルースは、基本的に全然初心者なわけですが、3大キングを聴いていった中では、

 F・KING >> A・KING >> B・B・KING 

の順に好きなんですね。今のところ。

単純に名盤を聴いていった過程で、何となくファンク度の強さで私の中での順位が決まってるのかもしれません。
B・B・KING は、ファンクブルースより、都会的な大人の味や深みを出しているスローブルースがどちらかといえば聴き所なんでしょう。

それで、B・B・KING の代表作と言えば、「Live at the Regal」で、私も60年代モダンブルースのライブアルバムの最高傑作として第一に挙げたいところですが、
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Live at San Quentin (1991年)

今回は、上記のサンクエンティン刑務所で行われた慰問ライブアルバムで。

チョーキングスタイルなど、T−BONE−WALKER の影響が濃いギターテクニックも素晴らしいですが、身体全体を使ったフィールド・パラ−が最高にソウルフル!
大概に於いて、ブルースシンガーは、西洋の声楽を勉強したニューソウルなどのシンガーと違って、土臭さがあって良いですね。

ボランティア活動としてかなり多くの刑務所の慰問コンサートを行っている B・B・KING ですが、
奴隷州の歴史を持つミシシッピーの綿畑で何もかも奪われた黒人として育った彼は、たった今苦しんでいる人間にブルースフィーリングを伝えていきたいのでしょう。


3曲目「Whole Lotta Loving」の始まりの語りが印象的だったので引用を

”さあここらでちょっと楽しもう。みんなも一緒に楽しんでもらえれば有難いんだが・・・。
さてこう言う奴が居るだろう、
「奴はブルースをやっているというが、俺なんか毎日ブルース暮らしだぜ」って。
俺にとってブルースとは苦しみの象徴なんだ。
それが何であろうとも、そこから何かを得ることができる。
ブルージーな気分になりたけりゃ楽しみながらブルージーにもなれる、
そういう音楽を俺達はブルースと呼ぶんだ。
重要なのは、やりたいと思った事をやるって事なんだよ、それでいい。
何かを振り回したけりゃ、構わず振ればいい。
手拍子するなり、足を踏み鳴らすなり、やりたいと思った事をやればいいんだ、
わかったかい? 聞こえないぜ!
よおし! だったらもうちょっと頑張ろう。
俺は一所けんめいやるのが好きなんだ。
俺はミシシッピ出身だが、あそこの連中は俺が故郷を出る前に一所けんめいやることを教えてくれた。
さて、もう1曲どうだい?
よおし、そうこなくっちゃ。俺は誰かに会って歌を捧げたくなった時、いつもこんな風に歌うんだ。"

と、歌が始まるわけです。

人間、一所けんめいやったら、後はなるようにしかならないし、なるようにもなるものなのです。
例えそれでどんな結果になったとしても、一所けんめいやった結果なのだから仕方が無いのです。
そして、その一所けんめい生きていく大切さを教えてくれるのがブルースフィーリングなのだ!

LITTLE WALTER

何と言ってもブルースが一番輝いていた時代と言えば50年代のシカゴブルースなわけですが、
そのシカゴブルースの代表的なハーピスト(ハーモニカ)といえば、リトル・ウォルター
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THE BEST OF LITTLE WALTER (1958)

上記のアルバムは、録音は1952〜55年の録音で初期シカゴブルースに該当。

初期シカゴブルースは、ギター伴奏でリード楽器はハーモニカだったのですが、50年代後半になると
Buddy Guy、Magic Sam などの登場によりギターがリード楽器になっていったんですね。

でも、どちらかというとハープを主体とした初期の方がシカゴブルースを聴いているという気分にさせてくれます。

そもそもウォルターのアンプリファイド・ハープによって、シカゴブルースにはハープというイメージが
出来上がっていったそうです。
何でもハープと共にヴォーカル・マイクを手で包み込み、ギター・アンプでその音を電気的に増幅するという手法(アンプリファイド・ハープ)が画期的だったらしい。
要するに、ボーカルマイクをギターアンプに接続してしまったんですね。

彼もディープサウスからシカゴへ向かった移民の中の一人なんですが、10歳そこそこでシカゴのサウス・サイドやウェスト・サイドのクラブに押し入ろうとしていたとか。

シカゴブルースの親分と言えば、マディ・ウォーターズですが、ヒットの多さではリトル・ウォルターの方が上を行っていたそうです。

曲として好きなのは、やはりインストメンタルの「JUKE」。
(「JUKE」とは、黒人達が集まる楽しく遊べる場所を意味するらしい。)
演奏がライブ録音のような緊張感に溢れているのですが、何よりハープという楽器にオクターブ奏法、タンギングなど様々なテクニックを駆使して奥深く聴かせてくれます。

何故、リトル・ウォルターは身分の低いハーモニカという楽器を選んだのか?
彼の答えは、
「人はピーナッツを手に取ったとすれば、それを使って何かを作るものさ。
俺はハープで何かが作れるはずだって踏んだのさ。」

との事です。

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