伊豆半島・南伊豆

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わんちゃん

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ちょっと かお いじらないでよ!
男前が だいなしよ!

奈々さん提供

ブログを初め 約7ヶ月 訪問者5300人訪問してくれた方 ありがとう。
このブログが ある意味では私自身かもしれない!初めてこの年で本音を自白しているような気持ちでもある。若い頃の熱い志もみな消え・なにか見えない・行っても 行っても 辿り付かない長い道 画家・東山魁威の絵にある・道を思い出す。
何か満ち足りない 不安な不安な日々が過ぎていく・お〜い・お〜い 遠くで誰かが呼んでいる!
無の区域・無限の区域 おう!神が迎えに来たか・はては地獄の閻魔様か!無の心境に居たい・無限の空間に飛び出しい 限りなく透明に近い青・大宇宙の限りなく無限の空間まったく音のない世界・・・
ああ夢か!!!幻か!!!
不安定な世界 不安定な日本 東西対立であった米ソの時代・は過ぎ 今はまったく見えない テロの時
代・国対国の争いでなく今は見えないテロとの戦争である。昔はその敵国に攻撃爆撃すればよかったが
東西対立の時代のほうが あっちこっちの紛争は起こらなかった・なんて皮肉なことか!
ボスニア・ヘルツエ・ゴビアなどこれは 旧ユーゴスラビアである。セルビア・クロアチア民族紛争に
なっている。コソボここも旧ユウゴである。かってはチトー大統領の時代 統制がとれていた。
ソ連崩壊後 民族紛争・主教紛争とあちこち紛争の火種いなっている。

何故 人間紛争を起こすのか!何故 争いが好きなのか!
人間は争う為に生まれて来たのだ 戦う為に生まれて来たのだ 人類の歴史をみてもいつも人間は争って
いる。古代ローマ帝国の時代も・古代中国ジンギスカンの時代も古代エジプトインカ帝国の時代も
今 現代も人間は争うことをやめない 何故か 何でか どうしてか!
人間は争う事で地球上の人類の統制をとっているなだ!そう人類の人口の増加争う事で調整をとっているだ。人類が生まれ 争いのないまま平和に暮らしていたら 地球上は人と人 人と溢れ とっくに人類は
滅びている。平和が先か! 戦争が先か1 争いが先なのだ!
神が人間に与えた争い事!

2・26事件

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昭和11年2月26日
下士官兵に告ぐ
1 今カラデモ遅クナイカラ原隊に帰レ!
2 抵抗スル者ハ逆賊デアルカラ射殺スル!
3 お前達ノ父母兄弟ハ国賊トナル皆泣イテオルゾ!
事件後三日後 上記の文発令
これは2・26事件ごの投降命令文
軍部の一部が軍部の上層部意見が食い違い、クーデターをを決起!
この事件を起こす原因にもなっている、相沢事件、相沢中佐・永田少将を殺害!
事件を起こした軍の皇道派青年将校・安藤輝三・河野・大尉・栗原・中橋・磯辺・野中・中尉
この事件の日雪が降っていた!
当時軍は 統制派・皇道派と分かれていた、
軍は真崎勘三郎教育総監当時の統制派は天皇機関説を遵奉するものである
真崎は統制派であった。
のち 落語家の柳家小さん師匠が一兵そくでこの事件に参加していたらしい!
それを聞いた事があります。
 
5,15事件後、さらに昭和11年には、陸軍内部の「皇道派」と「統制派」との抗争による「2,26事件」がおきた。
 超国家主義者「北一輝」の「尊皇討奸」思想の影響を受けた青年将校たちの率いる反乱軍が、「昭和維新」を掲げて、2月26日の早朝、首相官邸はじめ高橋蔵相邸、斉藤内大臣邸、渡辺教育総監邸などを襲撃した、いわばクーデターともいうべき事件であった。

反乱軍は、圧倒的な兵力と重火器によって、警視庁や霞ヶ関、三宅坂一帯の官庁街を制圧、岡田首相の甥の松尾大佐(首相の身代わりになったといわれる)、高橋是清蔵相、斉藤実内大臣、渡辺錠太郎教育総監、などの政府要人を殺害した。

この2,26事件の伏線ともいうべき事件が、その前年の昭和10年8月に起こった「相沢事件」である。
陸軍内部において、天皇直裁を叫ぶ「皇道派」とこれを統制せんとする幕僚たちの「統制派」との反目から、統制派の領袖であった永田鉄山陸軍省軍務局長を8月12日白昼、局長室において相沢三郎中佐が斬殺したのである。
 相沢中佐は逮捕され軍法会議により死刑判決、翌11年7月3日死刑を執行された。
(*写真は遺骨引取りのよね子未亡人と長男正彦君である)
 2,26事件は、ラジオ放送やビラによる「兵に告ぐ」という香椎戒厳司令官の命令によって、反乱軍は投降,帰隊して事件は鎮圧されたが、事件後、野中、河野両大尉は自決、軍法会議の結果、7月5日反乱罪として青年将校、民間人ら17名に死刑判決が下った。
 一方、首謀者たちの命令のままに何も知らずに参加した反乱軍の兵士たちの多くは、その後、満州の最前線にやられて、その多くが戦死し、特に安藤大尉の兵士たちは突撃を強要されてほとんど戦死したという。
(*兵に告ぐ、の命令の「今からでも遅くない」という言葉は、当時の流行語として有名になった)
2、26事件の昭和11年は、私の小学校卒業の年、まだこの事件が意味することを深くは知る由もなかったが、これから先、陸軍内部では、真崎甚三郎に代表される「皇道派」を蹴落として、東条英機などの「統制派」が主導権を得て、蘆溝橋事件から日中戦争へといたる泥沼戦争へ足を踏み入れていくのである。

一部文 紫蘭

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