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少し前に、ギターの先生と南米の歴史の話をしていたときに先生が、 「フォルクローレと言えば、忘れてならないのはビクトル・ハラだよ。」 と言ったのです。 私にとってその時初めて聞く名前でした。 『禁じられた歌 ビクトル・ハラはなぜ死んだか』 南米音楽をベースに音楽活動をされている八木啓代さんの本です。 この本は1991年に書き上げられたものですが、 八木さんが中学の時にラジオから流れてきたある曲に魅せられ、 物語はそこから始まります。 ラジオから流れてきたのはビクトル・ハラの『アマンダの思い出♪』(その他3曲) 本ばかり読んでいた八木さんが、偶然にもつけたラジオでのビクトル・ハラとの出逢いは この本を書く切欠にもなったし、南米の音楽に人生を捧げるまでとなりました。 八木さんの始まりは、ビクトル・ハラなのですから。 ビクトル・ハラとはチリを代表する音楽家(フォルクローレ)でもあり、演劇家でした。 この題名にもあるように、禁じられた歌...とは。 それは、1973年9月11日、チリ・サンティアゴの軍事クーデターが勃発したとき 逮捕されチリ・スタジアムに収容されたチリ市民は5000人と言われています。 その中に、ビクトル・ハラもいました。 ビクトル・ハラは逮捕者を励まそうとしてスタジアムでギターを手に取り 人民連合のテーマ曲『ベンセレーモス♪』を歌ったそうです。 しかし、軍人達はそれに怒り、ビクトルからギターを奪い、 銃の台尻で両手を砕いた。 それでも歌おうとしたビクトルに対し背後から40発とも言われる銃弾を打ち込んだのです。 1973年9月16日のことでした。 なんと恐ろしい事実なんでしょう。 その後ピノチェト政権によって、ビクトル・ハラの歌までも封印された... それが、『禁じられた歌』の意味です。 この本は、八木さんが南米を駆け巡りながら、 ビクトル・ハラと交流のあった重要人物の証言をもとに 書き上げたドキュメンタリーです。 昨日はダンスの日でしたが、行きと帰りのバスの中、 読みながら、居眠りしながら...もう少しで読み終えます。 ギターの先生に借りてきた本なので、今度のレッスン日には返さないと。 あと数ページです。 ■八木啓代→Wikipedia ■アウグスト・ピノチェト→Wikipedia
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ブランカ図書館
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勉強家だ!
凄いねこうして音に哀愁を加えるんだね。
こんな人がいたんだね。
2007/9/17(月) 午後 8:46 [ - ]
姫〜〜!あの、コンドルは飛んでいくを思い出したわ。
あの曲もそういう政治的要素含んだ歌が言語だったみたいなの。だから、歌詞をかえて、カバー曲が作られたんです。南米の複雑な国柄から、名曲は生まれるんですねぇ。
だから、あんなに音色が切ないんだねぇ。(T_T)
姫、日本人でこのような方がいたってこと、勉強になりましたよぉぉ!
2007/9/18(火) 午前 0:01
学スナ君、あなたもフォルクローレを勉強していたようだから
もしビクトル・ハラ本人の事がよく書かれているから、興味を持ったら読んでみてください。ドキュメンタリーだから、具体的に細かく書かれていて面白かったわよ。哀愁...そうだね♪
2007/9/18(火) 午後 8:12
図書館行ってみようっと。
2007/9/18(火) 午後 11:09 [ - ]
悲しい出来事、ですね・・・
秋の夜更けに読んだら、涙がとまらなくなりそうです・・・
2007/9/19(水) 午前 0:28
哀愁を感じさせるフォルクローレの音色の背景には そんなにも切なくて残酷な歴史的史実が潜んでいたんですね・・・
いつの世にも繰り返されるのは、罪もない人々への血も涙も感じさせない殺略・・・
人間って一体何なんでしょうね・・・
2007/9/19(水) 午後 11:18
なるほど、言葉が続きませんね、、、
2007/9/21(金) 午前 11:06 [ 太郎ともも ]
おけい姫、お待たせ!!
うんそうね、原詩によるとコンドルは「彼の市」を上空から見つめながら太陽の方へ、死に向かって飛んでいくって詩なんですよね。
この「彼の市」というのは、上記学スナ君が言っているピサロが滅ぼしたインカ帝国の後に作った新しい市のことなんでしょうね。
それを、サイモンさんたちが、1970年代にカバー。そこに「戦争と平和、どちっちがいい?」って部分の歌詞が出てくるのですよね。
インカ文明が滅びてから300年近く経ってまでもその時代のことが歌われ続けるって音楽の素晴らしさに、再び心を打たれるブランカです。八木さんですか?八木さんは大阪、東京などでライブ活動をしていますから、機会があったら聴きに行ってみてください。私も、本を読ませていただいたのだから、一度は聴きに行かねばね☆
2007/9/21(金) 午後 10:31
学スナ君、図書館に本あった??
なかなかないかもねー。今後もたびたびビクトル・ハラについては記事を書くから、読んでみてね☆
2007/9/21(金) 午後 10:32
mimosaさん、私、、、ビクトル・ハラの話を先生に聞いたとき、以前観た映画、ユダヤ人の、、、ビューティフル、、、なんだったかな???その映画のクライマックスのような衝撃、、心に受けましたよ。もう衝撃!!この本を読まずにいれるわけがないですよね。
京都に行って、京都の歴史に触れた反動で、ラテンアメリカの歴史に興味を持ち始めたブランカです。やっぱり京都での蘇った学ぶ心です!
2007/9/21(金) 午後 10:37
バジルさん、とくにフォルクローレとはその地に伝承され続けた音楽ですし、それを奏で歌ってきたのもその土地の人々。それこそ罪もない人々ですね。それもこの土地の人間ではないアメリカが裏で糸を引いていたのですから、こんな目を覆うような事実、歴史があったとは許しがたいことですね。ビクトル・ハラという人は、このチリに暮らす山奥からスラム街まで、いろんなフォルクローレを集めて歩いた方なのですよ。ピノチェトがこの大切な伝承音楽の重要な橋渡し役を闇に葬ったってことです。
ほんと、人間って何なんでしょうね。このピノチェトさん、去年病気でお亡くなりになりましたよ。
2007/9/21(金) 午後 10:44
たろももさん、こんばんは!
私も先生にビクトル・ハラの話を聞いたときに同じでしたよ。
この本を読むにあたっても、ビクトル・ハラの前にもうひとり重要なフォルクローレの伝承者がいるのですが、音楽も歴史の勉強をしながらでないとその音楽の本質というものが見えませんね。
私はいつも、何か曲を選択するとき、その時代背景、作者の個人情報(?)必要とします。そこまで知って、その音楽に触れたら最高だからです。ビクトル・ハラの曲も、流してみますね☆
2007/9/21(金) 午後 10:49
でも、たろももさん...
先生にビクトル・ハラの曲弾いてみる?って言われましたが、気持ちだけこんななのに、音がショボかったら恥ずかしいじゃないですかね...余談でした。
2007/9/21(金) 午後 10:52
私はビオレッタ・パラも大好きです。フォルクローレは広い南米の中でいろいろありますね。日本人が主に思い出すのはボリビアやペルーの曲ですが。チリ、アルゼンチンにはチャランゴじゃない、ギターの素敵な曲がありますよね。
2007/9/26(水) 午前 9:31 [ yokoumeboshi ]
rubiさん、こちらまで来てくださったのですね、感謝です。
ビオレッタ・パラ!!ビクトルの尊敬していた、ビオレッタですからね。彼女も今年で没後40年でしたよね。今年の春先にその記事書こうと思いながら、もう秋ですよ♪フォルクローレの範囲は広すぎますが、地方地方の特色もありそうなので、研究始めたら抜け出せそうにないでしょうね。そうですよね、チリ、アルゼンチンのフォルクローレ、、、もっと勉強しなくては!!rubiさんに影響されて毎日勉強してますよ、感謝してます☆
2007/9/28(金) 午前 1:12
ギターを弾けないように、だなんて…
恐ろしい出来事があったんですね。。音楽とその時代背景って、切り離せないんですね。
人々の心に響いた歌は、誰かが阻止しようとしても継がれて行くんですね。
2007/9/29(土) 午前 10:36
ユキさん、この事件はかなり恐ろしい!!
先生から聞かされた時、もっと深く知りたいと思ったもの〜
音楽も表現のひとつだからねー、日本国憲法の表現の自由のなかに
「音楽」って言葉もしっかり表記されているものね。
音楽は特にそうよね、時代が変わっても受け継がれていくのよね。
まさに、伝承...ですね。
2007/9/30(日) 午前 2:07