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< 兼六園 紅葉日和 >
紅葉が色付きはじめて 柔かな陽射しが降り注ぐ昼下がり
紅葉狩りに誘われる秋日和は何にもまして貴重なひととき
秋の日の神さまの贈り物なのでしょう。・・・
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兼六園散策
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< 兼六園の秋模様 >
北陸新幹線の開業により 金沢の兼六園には国内外より数多くの人々が
訪れるようになりました。そのため地元のほとんどの人々は混雑する日中の散歩を避けて早朝や夕方に訪れるようになったそうです。
十一月も半ばを過ぎると広大な園内に調和よく植樹されているカエデやイチョウの木々は一斉に紅色や黄色のあざやかな色彩に色づきました。
江戸時代を代表する大名庭園と称される兼六園は 幕末までは一般の人々の入園がかないませんでした。その間 歴代の藩主によって全国各地から数多くの銘木が搬入されて植樹されたそうです。
近づきつつある師走を控えて 雪吊り作業を終えた園内は やがて白一色となるしずかな季節をむかえます。
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< 兼六園のカキツバタ >
五月下旬、兼六園の曲水では鮮やかな青紫色をしたカキツバタ
が一斉に開花します。カキツバタは一株から四本になり、四っつ
の花が順に開花するそうです。
また カキツバタは一番目の花が咲き揃う頃が もっとも美しいと
いわれています。現在 兼六園のカキツバタは 約一万株ありその
一番目の花が まもなく咲き揃いつつあります。
昔から 「いずれ アヤメか カキツバタ」 と、いずれ劣らぬ
美人の優劣がつけ難いほどに素晴らしい言いまわしに使
われていますが、アヤメとカキツバタはとてもよく似ていて
見分けにくいようです。
アヤメもカキツバタも どちらもアヤメ科アヤメ属なので 似て
いて当然ですが、アヤメは剣状の細い葉が縦に並んでいる
様子が文目(あやめ)模様とか・・・
尚、カキツバタは 花の色の青紫が衣の染料に使われたこ
とから 「書付花」 と呼ばれていたとの説があります。
まぁ 一般的には アヤメは畑のような乾燥地で栽培され、
カキツバタや花菖蒲は 水辺で咲いています。
金沢では いまも加賀友禅の伝統文化が受け継がれていま
すが 青紫色のカキツバタの最も似合う城下町でもあります。
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<金沢の冬の風物詩:兼六園の雪吊り>
金沢の冬の到来は11月初旬から作業がはじまる兼六園の雪吊りから本格化します。兼六園の雪吊り作業は芯となる丸太の柱のてっぺんから数多くの縄を垂らして主要な枝を吊るのですが、なかでも名木・唐崎松には5本の芯柱から垂らされた総数約800本の縄によって名木全体の枝を吊って雪害から樹木を守っているそうです。
金沢にことしはじめてまとまった雪が降ったしずかな朝 兼六園の中央にある湖面は うっすらと薄氷で被われ 雪吊りされ松の木々は まっ白い綿帽子を被って キラキラとかがやいていました。
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<兼六園の紅葉日和>
兼六園は加賀前田家が金沢城の外郭として城に隣接した傾斜地に何代もの藩主が造営をかさねて完成させた林泉回遊式大名庭園です。
兼六園は 春は桜、夏はかきつばた、秋は紅葉、そして冬は雪つりと四季をとおしてたのしみが満喫されるように作庭されています。
もっともこの見事な庭園も江戸時代は加賀藩の大名庭園であったため、一般の入園は禁じられていました。やがて明治維新により全国の藩が廃藩となった後、明治7年5月より一般開放されたそうです。
爾来 兼六園には四季折々 全国から大勢のひとびとがおとずれるようになりました。晩秋のひととき 園内をゆったり散策してると歳月を経た色鮮やかな黄葉や紅葉を観賞することができました。
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