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『 誰かをさがすために 』 室生犀星
きょうもあなたは
何かをさがしに とぼとぼ歩いているのです
まだ逢ったこともない人なんですが
その人にもしかしたら
きょう逢えるかと尋ねて歩いているのです
逢ったこともない人を
どうしてあなたは尋ねだせるのです
顔だって見たことのない他人でしょう
それがどうして見つかるとお思いなんです
いや まだ逢ったことがないから
その人を是非尋ねだしたいのです
逢ったことのある人には
わたくしは逢いたくないのです
あなたは変わった方ですね
はじめて逢うために人を捜しているのが
そんなに変に見えるのでしょうか
人間はみなそんな捜し方をしているのではないか
そして人間はきっと誰かを一人ずつ
捜しあてているのではないか
室生犀星の詩集より
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詩と想い出(2)
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『 伝 説 』 会田綱雄
湖から
蟹が這いあがってくると
わたくしたちはそれを縄にくくりつけ
山をこえて
市場の
石ころだらけの道に立つ
蟹を食う人もあるのだ
縄につるされ
毛の生えた十本の脚で
空を掻きむしりながら
蟹は銭になり
わたくしたちはひとにぎりの米と塩を買い
山をこえて
湖のほとりにかえる
ここは
草も枯れ
風はつめたく
わたくしたちの小屋は灯をともさぬ
くらやみのなかでわたくしたちは
わたくしたちのちちははの思い出を
くりかえし
くりかえし
わたくしたちのこどもにつたえる
わたくしたちのちちははも
わたくしたちのように
この湖の蟹をとらえ
あの山をこえ
ひとにぎりの米と塩をもちかえり
わたくしたちのために
熱いお粥をたいてくれたのだった
わたくしたちはやがてまた
わたくしたちのちちははのように
痩せほそったちいさなからだを
かるく
かるく
湖にすてにゆくだろう
そしてわたくしたちのぬけがらを
蟹はあとかたもなく食いつくすだろう
むかし
わたくしたちのちちははのぬけがらを
あとかたもなく食いつくしたように
それはわたくしたちのねがいである
こどもたちが寝いると
わたくしたちは小屋をぬけだし
湖に舟をうかべる
湖のうえはうすあかるく
わたくしたちはふるえながら
やさしく
くるしく
むつびあう
会田綱雄の詩集より
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『 生い立ちの歌 』 中原中也
Ⅰ
幼年時
私の上に降る雪は
真綿(まわた)のようでありました
少年時
私の上に降る雪は
霙(みぞれ)のようでありました
十七〜十九
私の上に降る雪は
霰(あられ)のように散りました
二十〜二十二
私の上に降る雪は
雹(ひょう)であるかと思われた
二十三
私の上に降る雪は
ひどい吹雪(ふぶき)とみえました
二十四
私の上に降る雪は
いとしめやかになりました......
Ⅱ
私の上に降る雪は
花びらのように降ってきます
薪(たきぎ)の燃える音もして
凍るみそらのくろむ頃
私の上に降る雪は
いとなよびかになつかしく
手をさしのべて降りました
私の上に降る雪は
熱い額(ひたい)に落ちもくる
涙のようでありました
私の上に降る雪に
いとねんごろに感謝して 神さまに
長生きしたいと祈りました
私の上に降る雪は
いと貞潔(ていけつ)でありました
中原中也の詩集より
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『 秋の日を歩み疲れて 』 中原中也
秋の日を 歩み疲れて
橋上を 通りかかれば
秋の草 金にねむりて
草分ける 足音をみる
忍従の 君は黙せし
われはまた 叫びもしたり
川果ての 灰に光りて
感興は 唾液に消えさる
人の呼気 われもすいつつ
ひとみしり する子のまなこ
腰曲げて 走りゆきたり
台所 暗き夕暮れ
新しき 生木のかおり
われはまた 夢のものうさ
中原中也の詩集より
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『 心 象 』 中原中也
松の木に風が吹き
踏む砂利の音は寂しかった
暖かい風が私の額を洗い
思いははるかに なつかしかった
腰をおろすと
浪の音がひときわ聞こえた
星はなく
空は暗い綿だった
とおりかかった小舟の中で
船頭がその女房に向かって何かを云った
ーーその言葉は 聞きとれなかった
浪の音がひときわきこえた
亡びたる過去のすべてに
涙湧く
城の塀乾きたり
風の吹く
草寥く
丘を越え 野を渉り
憩いなき
白き天使のみえ来ずや
あわれわれ死なんと欲す
あわれわれ生きんと欲す
あわれわれ 亡びたる過去のすべてに
涙湧く
みそらの方より
風の吹く
中原中也の詩集より
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