自然のなかをゆったり散歩と詩と本のはなし

そしてまた季節は移ろい さまざまな想い出だけが通りすぎて行く ・・・

美術の魅力

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 < 藤田嗣治・没後50年の 『乳白色の肌』 に魅せられて >

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   明治時代の半ばに生まれた藤田嗣治は 20代後半にパリに
   渡り、30代から40代にかけて当時のパリの画壇において華々
   しく活躍した日本人画家。

   パリでは猫と裸婦を得意な画題とし、日本画の技法を油彩画に
   とりいれつつ、独自の「乳白色の肌」とよばれた裸婦像はピカソ
   をはじめとする世界中の著名な画家が集まる華やかなパリにお
   いても絶賛を浴びていたとか・・

   没後50年の「藤田嗣治展」は京都でも連日大勢の人々が訪れて
   会場内のあちらこちらで溜息がもれていました。・・・

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(六月に宿泊した志摩ホテルにて)



 
<至高の風景画家 〜ターナー展〜>    神戸市立博物館
 
 
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英国最高の風景画家 ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーの展示会が神戸市立博物館において開催されています。
 
ターナーは 幼少時より風景画を描きはじめ、生涯一貫して独自の新たな風景表現の可能性を探求つづけた画家といわれています。
 
ターナーは英国内はもとより フランスやイタリア等地中海沿岸各地を旅行され 神話や実際に起こった出来事などを題材にした印象的な風景表現に注力されています。
 
1900年に文部省の給費留学生としてロンドンに滞在した夏目漱石は
勉学の合間に ロンドン市内の美術館や博物館を訪れていたそうです。
 
漱石は帰国後 代表作である 『坊ちゃん』等 いくつかの執筆された小説や文章のなかに ターナーの風景画に触れた記述があります。
 
英国最高の巨匠と称賛される ターナーの至高の風景画は 感慨深い歴史の瞬間と幻想的で稀世な世界を彷彿させています。・・・・
  
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<珠玉のフランス絵画との出逢い ・・・ 『プーシキン美術館展』
 
 
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18世紀のロシアの女帝:エカテリーナ2世は、ロシアの富と文化的な洗練度をヨーロッパの諸国にアピールするため、莫大な資金を投じてフランス絵画を中心とした数々の美術品の収集をしました。
 
その後、ロマノフ王朝の歴代皇帝や貴族・大富豪たちも当時のヨーロッパ美術界の中心地:フランスから数多くのフランス絵画の傑作を競い合って収集されたそうです。
 
やがて これらのフランス絵画のコレクションは ロシア革命を経て皇室や貴族・大富豪の所有から そのほとんどの作品が国有化され、モスクワを代表するプーシキン美術館へと引き継がれたのです。
 
このたび神戸市立博物館において公開された作品は、ルノワールの<ジャンヌ・サマリーの肖像>、ゴッホの<医師レーの肖像>、ゴーギャンの<働くなかれ>、ミレーの<薪を集める女たち>、モネの
<陽だまりのライラック>、セザンヌの<水浴>、コローの<突風>
、シャガールの<ノクターン>、ピカソの<マジョルカ島の女>等々、芸術の秋の序章にふさわしい作品を鑑賞することができました。
 
神戸市立博物館は神戸の中心地域:神戸旧居留地にあって、プーシキン美術館展:フランス絵画300年の鑑賞の余韻にしたりながら散策することができます。・・・・
 
 
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 <写真家・蜷川実花の世界>
 
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蜷川実花さんは演出家・映画監督の蜷川幸雄の長女。写真家であり女優であり、映画『さくらん』の監督としても知られています。
 
写真家・蜷川実花さんの作品は艶やかで鮮烈な表現など個性的で独創的な世界をひろげていて、国内外において注目されています。
 
現在、福井県あわら市の金津創作の森にて『蜷川実花展』が開催中。
 (尚、今回の画像は 撮影可の展示作品です。)
 
 
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 『仰臥裸婦』  レオナール・フジタ(藤田 嗣治)の魅力
 
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レオナール・フジタ(藤田嗣治)は、東京美術学校を卒業後 1913年に世界中から著名な芸術家が集まっていたフランスへ渡りました。
 
当時 パリのモンパルナス界隈は街はずれの新興地にすぎず、家賃が安かったこともあって、芸術家・とくに画家が多く住んでいて藤田の隣の部屋には後々親友となるアメデオ・モディリアーニがおり、彼等を通じてパブロ・ピカソやアンリ・ルソーたちと知り合い、後のエコール・ド・パリ時代の代表的画家たちと親密になっていったそうです。
 
第一次大戦後の好景気な時期になるとパリの画壇において、藤田の線描を生かした独自の技法による、乳白色の透き通るような絵画が次第に脚光を浴びるようになっていったそうです。
 
1920年代、藤田の描く裸婦や自画像や猫を主題とした主要な作品はパリの画壇にて好評を博し、その当時のフランス全体の画界において最も人気のある画家のひとりとして知られるようになったそうです。そしてレジオン・ドヌール勲章も受賞されました。
 
しかし、第二次大戦の勃発により藤田の環境は一変しました。藤田はやむなくフランスから帰国すると、陸軍美術協会理事長に就任させられ、やむなく戦争画の制作を強いられたのです。
 
そして、終戦後には新体制となったわが国画壇からは理事長として
戦争協力したなどと誹謗中傷され、そのうえ一部画家の妨害により
制作に必要な絵の具の入手すら困難になってしまったそうです。
 
藤田は頑迷な日本の画壇にすっかり嫌気して、ふたたびフランスにもどって制作するようになったのです。そして二度と日本に帰国することはなく、日本の国籍を抹消してフランスの国籍を取得されたのです。
 
さて、今般 金沢21世紀美術館において 『レオナール・フジタ展』が
開催されました。こんかいのフジタ展において わたしに最も魅力的な感動をあたえてくださった絵は上記の 『仰臥 裸婦』の絵画です。
 
残念ながら展示作品の撮影は禁止ですし、作品の葉書もありませんでした。そのため上記は『レオナール・フジタ展』の案内書から撮影したのですが、実物の感動にはほどとおいものでした。この作品の所有者は幸運にもわが国の福岡市美術館です。もし、福岡へ行かれる機会がありましたら 是非とも鑑賞されることをおすすめします。
 
実際にこの絵をご覧になれば きっと レオナール・フジタ(藤田嗣治)の絵画の魅力を堪能することができるとおもいます。・・・
 
 
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