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<嵯峨野・竹林の小道に感慨>
「今は昔、竹取の翁といふ者ありけり・・・・」
嵯峨野の竹林の道をあるいていると、おもわず <かぐや姫>
の物語をおもいだしました。
「竹取物語」は 平安時代初期に著された日本最古の物語とか、
平安時代の頃は 籠などの竹製品が各家庭にて使用されていた
ため、竹林の多い地区では 竹取が盛んだったそうです。
そんな竹取を生業としているおじいさんが竹林のなかで見つけ
た美しい少女 <かぐや姫> は やがて成人して 多くの貴公子
や帝からも求婚されたのですが いずれもお断りしてしまうかな
しい物語・・・・
<かぐや姫>の舞台は諸説ありますが 嵯峨野は平安時代の
頃には 数多くの貴族の別荘や庵があったそうですから もしか
したら およそ1000年前の頃に <かぐや姫>も嵯峨野の竹林
の小道をあるいていたかもしれませんね。・・・・
嵯峨野の野宮神社から大河内山荘につづく竹林の小道は いま
も真っすぐに伸びた青竹に覆われていて 時空を超えたやさしい
風が吹き抜けていました。・・・・
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ゆったり京散歩
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<京都嵐山 大河内山荘散策>
わが国映画界の全盛期は、主に京都の撮影所において制作された時代劇映画の黄金時代だったといわれています。
当時は人気俳優の阪東妻三郎・市川右太衛門・嵐寛寿郎・片岡知恵蔵・市川雷蔵・中村錦之助・・・等々キラ星の主役俳優によって邦画界の黄金時代が築かれていったそうです。
そうした時代劇黄金時代の人気俳優のひとりであった大河内傅次郎は若くして当たり役・丹下左膳をはじめ数多くの時代劇映画に主役として出演されたそうです。
そのかたわら大河内傅次郎は独自の人生観と美意識を追及するため、約30年間にわたり 主役や脇役としての映画出演料の大半を注ぎ込んで嵐山の景勝地小倉山の南東面に広壮にして優雅な回遊式庭園のある別荘<大河内山荘>を造営されていったそうです。
当時 大河内傅次郎の別荘<大河内山荘>には、映画で共演なさった高峰秀子や山田五十鈴・京マチ子・・・・などなど数多くの女優さんがたも招かれたとか・・・・
名園<大河内山荘>が嵐山の景勝地に誕生してから およそ80有余年経つそうですが、広大な山荘の庭園からは京都の市街地をはじめ、東の嵐山の風情や遠くは比叡山、西の保津峡・・・などなど少しづつ彩りはじめた嵯峨嵐山の美しい景観を堪能することができます。
広壮にして優雅な名園<大河内山荘>を散策していると、往時の時代劇映画界の活況と当たり役・丹下左膳を演じ続けた俳優大河内傅次郎の長年にわたる切なる願望と崇高なあゆみが偲ばれてきます。・・・・
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<初夏の旧嵯峨御所 大本山 大覚寺>
平安時代の初期、嵯峨天皇が離宮を建立された経緯から
旧嵯峨御所と呼ばれている大覚寺は代々天皇もしくは皇統
の方が門跡(住職)を務めた格式高い門跡寺院。
初夏を迎えた旧嵯峨御所 大覚寺は 真言宗大覚寺派の本山
として歴史ある荘厳なたたずまいながら 風雅な北嵯峨の景観
に融けこんで ゆったりと心を癒してくれます。
式台玄関前
明智門前庭の一角
勅使門と庭園の一角
宸殿前庭園の一角
村雨の廊下の一部
大沢池の景観
大沢池の景観
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<東福寺・通天橋の絢爛な紅葉>
大本山・東福寺は約八百年前に創建された京都五山の臨済宗の寺院。
東福寺の境内の本堂と開山堂の間は険路な渓谷であったため、両堂を結ぶ橋廊・通天橋が架けられました。
当初 この渓谷界隈一帯は桜の木々に覆われていたそうですが、禅寺の修行堂宇としてふさわしくないとの理由から、すべの桜の木々がとりのぞかれ、その後にたくさんのもみじの苗木が植えられたそうです。
やがて通天橋の渓谷界隈一帯は、晩秋にはあざやかな黄や紅のもみじの木々にて埋め尽くされ 京都屈指の紅葉名所として知られるようになったそうです。
東福寺・通天橋から眼下に望む通天もみじの景観は、渓谷から錦の雲が湧きあがってくるような絢爛なあでやかさがあって、この日おとずれた大勢のひとびとは だれもがおもわず くちぐちに 『ウヮァー・・・・!』 と 感嘆絶句していました。・・・・
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<京都・北山のクリスマスイルミネーション>
イルミネーションの起源は 16世紀 ドイツの宗教改革者 マルティン・ルターが 真夜中の空に煌めく 数多くの星をみて感動され、大きな木の枝にたくさんのローソクを灯して再現したのがはじまりとか、・・・
京都・北山のウエディングストリートにあるノーザンチャーチ北山教会と北山ル・アンジェ教会のクリスマスイルミネーションはとてもシンプルで落ち着いた雰囲気ながら 訪れる人々の願いをかなえてくださる温もりがあります。・・・・
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